猛女の忍び笑い

 チーママが「小さなおもちゃ箱」と名付けた千寿会は、名(迷?)キャラクターにこと欠かない。チーママがプロ棋士になる前から女流アマ強豪として全国に勇名をはせた猛女、N.Oのオバチャマもその一人。中山則之文士あたりが“囲碁烈婦伝”を著したら間違いなく主役の一角を占めるだろう。あ、もちろん、チーママの場合は“囲碁美女伝”に入ることでせう。

 猛女は囲碁、旅行、酒席、野球、麻雀など趣味の世界で悠々と遊ぶ人も羨む裕かな メリーウイドー。言動、立ち居振る舞いはまさに自らの碁そのもの。常に攻勢を保ち、自分の弱点は相手を攻めることでカバーしてしまう。酒席の話題もいつしか猛女が主導権を握り、囲碁、麻雀、カジノで積み上げた輝かしい戦歴や「イズミちゃん」との心温まる交遊などの話を散々聞かされる羽目になる。猛女の辞書に敗戦、自制、屈服という言葉はあるのだろうか。野球はもちろん、大のジャイアンツファン。

 この猛女が同姓のよしみで弟分としているかささぎさんが、猛女に先で2タテを食らわしたことがある。かささぎさんはこの結果を千寿会の掲示板にアップした。謙虚なかささぎさんのこと、もちろん自慢したかったわけではあるまい。本サイトの管理人として、新鮮な情報をいち早く流すことに腐心されたのだろう。

 幸か不幸か、猛女はインターネットとは没交渉。知らぬが仏で何事もなかったのだ が、人一倍親切なyosihisaさんが酒席で本人に確かめた。「誰がそんなこと言っているのぉ」??。猛女は酒席の一同をジロリとにらむ。和やかな酒席はその瞬間、摂氏5度ほど冷え込む。「誰だって1年に1度ぐらい調子が悪いこともあるでしょ。そんなこと、当たり前でしょっ」。「かささぎさんに招いてもらったリケン囲碁大会ではもちろん私が全勝優勝、かさぎさんなんて2子置かせてコテンパンにしてあげたわよ!」「でも2連敗されたのは本当なのですか?」。よせばいいのにyosihisaさんがオズオズとダメを押す。「もうそんなこと、言わないで!!」と猛女はピシャリ。酒席からざわめきは消え、冷たい風の音だけ。

 こんな時、私は全知全能を傾け最適な収拾策を探る。局部にとらわれず、配石を活 かして全局のバランスを図るのだ。折り良く私の隣にはハッピーマンデーの名物師匠 M氏がいる。彼は私の大学の後輩。この2年間で棋力を大幅にアップさせたが、まだ 私の敵ではない。私は彼に「はいはい、オバチャマにお酌、お酌」とせきたてつつ、 「この彼はなかなか男前でしょう」と猛女に話しかける。

 「あら、私知っているわよぅ。この間の紅友会で挨拶してくれた彼よね」。猛女の目尻が下がっている。「あの後、紅友会のメンバーからうるさく聞かれて困っちゃたわよ。オホホ、で、あなた今いくつ?」「あら、案外年寄りなのね、それで棋力は?住まいは?家族は?」猛女の矢継ぎ早の攻勢が始まった。弟子に対する態度からは想像もできないほど上手に弱いM氏は伏し目がちに礼儀正しく律儀に答えている。

 急場をしのいだ私は早速手抜き(足抜けと言うべきか)を敢行。M氏が連れてきた美女がかいがいしくお酌している大場へ向かう。酒席を凍りつかせた張本人の二人、かささぎさんとyosihisaさんはいつの間にか美女に囲まれて談笑している。この地上の楽園へ割って入った私は、かささぎさんに他愛もない冗談一つでマヤ女が乗り移ったような高笑いをさせるのが私は面白くてたまらない。かくして、酒席は和気あいあいのうちにめでたくお開き。

 ところが、私は帰りの電車で猛女と一緒になってしまった。話題は千寿会での大盤解説。講師はオーメン研究会を主宰するジョー(雑記帳参照)。猛女は興奮気味に叫ぶ。「あたしはこれまで随分プロ棋士の解説を聞いてきたけれど、ジョーの解説はすっごく良かった!」。私の原点は野次馬根性。誰でも開けっぴろげに褒め称えられ ているのを見ると、ついつい水を差したくなる。「でも、彼は人一倍口が悪いでしょ」「彼に罵倒されてびびった若い院生を何人も見ています」。猛女は私の言うことなど気にも留めない。「口が悪いのは根が優しい証拠なのよ、わかるでしょ、ウフフ」。「何てたって彼の眼は可愛いわよぅ。ク〜、クククッ」。車内の人は猛女にすればただの石ころなのだ。その時、電車が東京駅に着いた。猛女は中央線に乗り換え、私はそのまま京浜東北線。私はホッと眼を閉じた。

亜Q

(2004.6.6)


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