王唯任四段が囲碁入門書を上梓

 千寿会の講師を務める王唯任四段(30)がこの5月、処女作となる囲碁入門書を日本の出版社から上梓された。王四段は日本の桜美林大学に在籍して「情報化社会と囲碁の多様性」を博士論文にまとめるなど、広がるネットワーク社会での囲碁の関係を生涯研究テーマとする台湾出身の異色棋士。「囲碁は“face to face”の深い人間的なふれあいの場をつくり出す有効な手段としてますます大きな役割を演じていく」との視点から、囲碁普及活動などを通じた指導体験を本書に集大成した。

 タイトルは「はじめてでもたのしめる かんたんマスター囲碁」。新星出版社発行、A5判カラー224ページ。ソフトカバーで価格は税込み1155円。「囲碁の1局は人生と似ている。どんな場面でも自分で判断して決めていかなければならない、いい時もあれば苦しい時もある、局所でなく全体を考えなければいけないなど共通点がたくさんある。囲碁を楽しみながら、対局から学んだ経験を人生に生かすことができたら、きっと人生にプラスになる」との筆者の想いを、初心者・初級者に一生懸命伝えようとしているようだ。

 まず目に付くのは、見開き6ページにまとめた冒頭のグラビアページ。まず対局の流れを「着席・一礼」から「ニギリ」「お願いします」「対局」「終局の意思確認」「整地」「勝敗確認」「感想」「石を碁笥に片付ける」「ありがとうございました」まで基本的な所作を表にまとめ、9路盤を使って各フェーズを盤上に例示している。次の見開きページには九子局から二子局までの置石の置き方を示し、それぞれの基本的な打ち方・考え方をコメントしている。初心者にビジュアルに理解してもらおうという意図なのだろう。

 内容は、序章に「ルールと道具の説明」、第1章は「“囲う”には2つの意味がある」、第2章は「着手禁止点と“取られない形”」、第3章は「対局スタート」、第4章は「13路盤&19路盤デビュー」、第5章は「碁会所とインターネット対局による碁の楽しみ方」。このうち、王四段が特に苦心したのは第1章。「ポン抜きゲームから入ると初心者でもすぐに夢中になるが、囲碁本来の考え方とずれていく。ポン抜きゲームから本来の囲碁へ進む橋渡しが難しいから、“石を囲う”よりも“地を囲う”ことを優先させた」という(ご参考までに、本サイト雑記帳に書いた拙文もお目通しください)。

 第3章以降は、6路盤をスタートに9路、13路、最後の19路へと進む過程で「対局の流れとコツ」「作戦」「整地と終局」「シチョウとゲタ」「序盤・中盤・ヨセの考え方」などが自然に理解できるよう工夫されている。豊富な図と合わせて、本文の随所に「練習問題」や「コラム」が配され、内容の理解度を自分で確認しながら、碁の言葉、歴史、エピソードなど碁の常識や教養も身に着いていく。

 王四段は梅沢由香里五段、万波佳奈四段らと共に「IGO AMIGO」に参加され、特に若い人を対象にした普及活動に力を入れているが、率直に言って、囲碁界における王四段の実績や知名度はほとんどゼロと言うべきかも知れない。しかし本書を通じてひしひしと伝わってくるのは、「これまでの30年間、囲碁を知っていたことでたくさんの素晴らしい経験をすることができた。一般の社会では知り合うことのできない人と囲碁を通じて深くコミュニケーションをとることができたり、会話が苦手な人とも囲碁を通じて打ち解けることができたりした。囲碁で培った構想力、自己制御能力、パターン認識能力なども、囲碁をやるだけでなく、これから長い人生を生きていくうえで大変役に立つものだと思っている」との囲碁に対する期待と強い愛情だ。

 先述した博士論文の中で、王四段が一貫して主張しているのは、「情報化社会の進展に伴ない、情報過剰の問題、世代間、地域間、国家間にわたるデジタルデバイドやコミュニケーション能力格差の問題、そして超高齢化などの問題があるが、これらは全て囲碁の効用で解決、または解決へ近づく」という確信だ。例えば判断力は、一手一手で変わる囲碁の局面において、多数の候補の中から最も有効な手を感覚的に捉えたり先を読むことで養われるし、自己制御能力は、対局中に常に冷静さを保つことで精神的に強くなり、結果的に勝ちにつながるという囲碁の効果によって身に着く。経験が浅い若者でもバーチャルな世界で激しい疑似体験できる。またデジタルデバイドの問題やコミュニケーション、高齢化などの問題は、技術やシステムでそれを解決するのではなく、古きよきコミュニケーションを取り戻すことで解決できるのではないか。つまり、人と人との直接的なつながりが薄れつつある情報化社会においては、他者との関係の中で生きていること、相手の気持ちを感じ取ることを経験しなければならず、積極的にコミュニケーションをとり、人との関わり合いの中で実体験を積むことが必要だから——。

 王四段は本書の構想から執筆まで1年間費やしたと言うが、溢れるばかりの王四段の想いをすべて書き尽くしたわけではあるまい。「囲碁は有史以来現在まで約4000年を生き延びてきた。囲碁のほかに4000年間も続いているものは、人間としての基本的な所業ばかり。つまり囲碁は、人間が生きていくことと極めて密接な関係があり、また生きていくために必要な要素(今の段階ではわからないが)を得ることができるのではないか。だから情報化社会の問題に限らず、あらゆる問題が囲碁で解決できるかもしれないという仮説を、プロ棋士として、また囲碁を愛する者として引き続き研究していきたい」と語る王四段の第二弾、第三弾の労作を楽しみにしておこう。

亜Q

(2007.6.3)


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