台湾青年行動隊・熊ホウ六段、セルビアの学生選手、名誉九段が勢ぞろいした弥生2日の千寿会

熊丰六段(右)とドゥーサン君

弥生2日の千寿会のゲストは熊ホウ(ゆうほう、王メイエン門下、34歳)六段。張リュウ八段、林漢傑七段らとともに、日本と世界の碁界発展に献身する台湾青年行動隊の一人。Y強豪が3子置いた指導碁で碁盤半分の白石が死ぬという、めったに見られない大サ-ビスを演じてくれた後の飲み会では、現在進行中の棋聖タイトル戦について独自の見解を披露してくれた。酒席では、3勝2敗でリードする挑戦者・井山悠太五冠を応援する声が圧倒的だったが、熊ホウ六段は「この際、井山さんにはもっともっと苦労していただきたい」と言う。六段は張ウ棋聖、山下敬吾名人ら四天王と同世代。だから張ウさんを応援するというのではなく、「才能に恵まれた井山さんには日本の旗手として世界で勝負して欲しい。国内の高額賞金レースを勝ちまくることも重要だが、上の世代が壁になってもっと苦労した方が若い彼をより大成させるだろう。国内の棋戦に安住せず中韓の若手と今のうちにどんどん対局しないと手遅れになると懸念している」と言う。手弁当で参加した中国の国内リーグで中国若手の強さを散々思い知らされた六段自身の体験を踏まえ、(自分が身を置く)日本碁界の将来に配慮された心情が井山さんを応援する私にも伝わって、酒がとてもうまかった。

もう一人のアマチュアゲストは、セルビアから来た22歳のドゥーサン((Dusan Mitic)君。日本で開かれた世界学生王座戦に出場して2勝2敗の打ち分けに終わったが、元院生でフィンランド代表のアンティ選手が1、2位を占めた中韓学生に続いて3位に入賞するなど、ヨーロッパの囲碁界は目下急成長している。ドゥーサン君の弟ニコラ君は現在、千寿会友の石上氏が所有するアパートに住んで日本棋院の院生修行中だ。このドゥーサン君に、飲み会で誰かが「セビリアの理髪師」を知っているかと問いかけた。作曲者はロッシーニ、こんな曲だよと「チャララララ、チャララララ」なぞと口先で軽快に歌って聞かせたが、ドゥーサン君は「?」。その場に居合わせた誰も気がつかなかったが、私が後で冷静に考えてみると、「セルビア」と「セビリア」では大違い。こんな素っ頓狂な質問をするのはかささぎさんに決まっているが、あるいは梵天さんだったかもしれない。なぜなら、梵天さんは「バーバー」やら「コンポーザー」やら懸命に英訳してドゥーサン君に説明し、挙句の果てにセビリア、いやセルビアの兄弟をご自宅に招待すると言い出したのだから。それにしても、美女会友のお酌で強いバーボンをあおっていた寡黙な私の口に「チャララララ」が残っているのはなぜだろう。ま、誰が言ったかなどは些細なことだ。

大坪名誉九段と鈴木歩六段

末筆になってしまったが、この2月に「名誉九段」を拝命されたばかりの大坪英夫さんも今年初めて顔を出してくれた。「名誉九段」は元首相や宗教家などごく少数しか存在しないアマ碁界最高の勲章。大坪さんは女流棋戦創設の貢献によって2010年に受賞された「大倉喜七郎賞」に続く栄誉だ。「コミ6.5目制」を国内各棋戦に先駆けて導入し、日本の碁に新しい息吹をもたらしたことが名誉九段拝命の理由だが、当日の千寿会ではその裏話を披露してくれた。「日本では長らくコミなしの大手合いが続き、大ゴミ制をいち早く取り入れた中韓に比べて序盤の研究がおろそかになっていた」、「碁の歴史を振り返れば、秀策流をはじめ、呉、木谷の新布石、小林流、張ウ棋聖の工夫などが見られるが、現代の世界戦を勝ち抜くためにはまだまだ研究の余地がある」、「特に女流棋戦の序盤は男性棋士の物真似が多く、自分が創設した『東京精密杯女流最強戦』に6.5目のコミを導入すれば、女流ならではの工夫を凝らした序盤戦略が見られるのではないか」――等々を考えて一番槍をつけたそうだ。その後各棋戦が相次いで6.5目制を踏襲していったのがとてもうれしかったらしい。

「もしかすると、その成果の一つと言えるかもしれない」と遠慮気味に例を挙げられたのが、三冠に復権された女流トップ、シェ・イーミンさんが最近(女流棋聖戦で?)打たれた新布石。黒番の1,3,5を天元、目外し、高目に構え、その後の戦いを制圧するシェ・イーミンさんの序盤構想を大盤で並べられ、「自分が白番で相手にこう打たれたら、どう対応したらいいかわからない」と女流三冠の工夫を大いに称えておられた。この話にはさらに伏線がある。「実は最近、黄孟正九段(もちろん、シェーイーミンさんの師匠です)と序盤の工夫について話す機会があった。その時自分は、大ゴミ時代今日、もっと目外しが多用されるべきではないか」と九段に問い、例えば黒番が右上隅で15-五と17-五の目外しを並列し、右下16-十七小目に構えた場合、白からどんな手段が考えられるかといったことを聞いたばかり。「ひょっとすると、女流三冠はこの話からヒントを得たのかな?」とは、あながち我田引水とは言い切れないようだ。

亜Q

(2013.3.5)


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