シューコー老師がT監督にご降臨して“弱者の兵法”を伝授!?

歴代プロ野球の中でも稀代のビッグネーム、O・N二人の陰で常勝球団のV9を演出した名脇役にして、現在はS球団の監督を務めるT氏なら朝飯前かもしれない。「リーグ優勝」というちっぽけな目標を捨て、「クライマックスシリーズ(CS)への進出→日本シリーズ制覇」を目指し、日々のペナントレースでは余計なメンツにこだわらず耐えがたきを耐えていく臥薪嘗胆策。常に全力・悲壮感丸出しのG球団H監督とは好対照のオトナの余裕を見せつける。何しろ年間150試合近くこなすペナントレースで3位にさえ入れば、残りの10数試合で日本一への道が開かれるのだから。

最下位に安住するB球団は別にして、3位の座をうかがうT球団やC球団には全力を挙げて戦う半面、極論すれば首位を争うG、D両球団にはいくら負けてもいい。むしろ自らの強みを隠し、相手を欺き通すことが大切。左投げ投手が有効なG球団には右投げ投手をぶつけ、逆に右投げ投手が有効なD球団には左投げ投手を起用する。もちろん、代打の切り札やリリーフエースはここぞという時には決して使わない。犠打、盗塁、ヒットエンドランなどでも目新しい戦法は一切封印しておく。

そしていざCSとなれば、一転してペナントレースとは正反対の戦い方に出る。投手の起用、代打の使い方、さらにレギュラーメンバーさえがらりと変える。例えば現在4、5番の主軸を受け持つ助っ人外人を代打要員に控え、純国産メンバーで打順を組むかもしれない。中継ぎのベテランKや抑えのLを先発させたり、若手の速球投手Yを抑えにしたり、百戦錬磨のD球団O監督さえびっくりするような手を打ってくるだろう。

勤務先の窓際で暇に任せてこんなことを夢想しながらウツラウツラしていると、何とシューコー老師が夢枕に立たれた。「これは私が30年以上も前に打ち出した新手。請われればどこの誰でも教えるのが私の流儀だから、T監督もまた私の弟子なのぢゃ」——こんなことをのたまうのだ。

そう言えば老師は現役時代、最高賞金額をうたって創設された棋聖タイトルを初代から6期にわたって連続制覇して名誉棋聖位を獲得。膨大な借金をあっという間に返してしまった。その間、普通の棋戦では負けがかさんだが、1年を棋聖タイトル戦だけに的を絞る効率的な戦いぶりが逆に賞賛されたりした。もっとも老師にすれば、体力も弱り、断酒も長続きできない。相手は自分より若い上り盛りばかりとなれば、現代にも通じる「選択と集中」はやむを得ない必然の手段だったかも。総合戦力に劣る中で編み出したこの“弱者の兵法”をT監督に伝授したと言われれば、何事も素直に信じる私はなるほどと肯かざるを得ない。

このシューコー老師を偲ぶ会が先月末に開かれた。900人もが集う盛況の中で、私はチクン大棋士をつかまえてこう語りかけた。「シューコー先生も偉大だけれど、三大タイトル独占、本因坊10連覇、7大タイトルグランドスラムと、すべての棋戦で結果を出されたあなたはもっとすごい」と。自慢ぢゃないが、何しろ私はアソーさんと同様「半径1.5メートルの男」と言われている。目の前の人にはついついサービス精神を発揮してお上手を言い、すぐに仲良しグループになるのだ。しかしその後がチトまずかった。

「当時はあなたの相手ばかり応援したけれど、今では心を入れ替えてあなたを応援しています。でも、もうやり残したことはありませんよね」とお追従のつもりで添えたのがチクン大棋士の癇に障ったらしい。そんな話は面白くもないとばかり右足を大きく後ろに伸ばすストレッチを始めながら、「要するにボクが弱くなったからでしょ」と拗ねるばかり。もしかすると、名人戦リーグ残留をかけたライバルの覚さんを応援していたことを見破られてしまったのかもしれない。

そこへ折よく通りがかった碁友M女が、「あらチクン先生、この間NHKのBS放送で拝見しましたぁ」と助け船を出してくれた。チクン大棋士も一人の男、しっとり和服を着こなした女盛りのM女の登場にニコニコして「タイトル戦の立会人も結構大変なんだよね。でもこの際、時計係もやっちゃおうかな」とすっかりご機嫌を直してくれた。ここでM女をエスコートしてきたかささぎさんが余計なひと言を付け加えた。「そう言えば昔、先生はNHK杯で時間が切れはったことがあったんちゃいますか」——M女の背中はきっと冷や汗が流れたことだろう。

ところがさすがはチクン大棋士。「あぁ、あれはイズミちゃん(もちろん、当時時計係を務めていた小林泉美さん)が気を利かせてくれたのよ。あのまま碁を続けていたら惨憺たることになっていたからねぇ」と泰然自若。ファンからこれまで何度も聞かれて慣れていたのかもしれないが、具合のお悪いことをむしろ前向きに受け止めている。ひょっとすると、これもある意味で“弱者の兵法”なのかもしれない。

亜Q

(2009.8.11)


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