セーケンの二人の恩師

高梨聖健八段
高梨聖健八段

 この歳になると、幸か不幸か、子供の頃の教師の影響なぞま るでなかったように思える。深刻なこと、本質的なことをさら りと風に任せ、ただただ流される気質のせいかもしれない。

 しかし、義務教育を終えるとすぐにプロへの道を突っ走り始 める棋士にとってはどうだろう。
 弁護士カサイ、医師サカイ、学士アワジら大学卒業組はもち ろん、高校に通ったチーママ、シャトルは少数派。高校生にも なると、自分(生徒)と教師との間合いを知り、良い影響のみ を選択して残すことができる。
 だが大多数の棋士は、小・中学校の教師の影響(良くても悪 くても)が強く残っているのではないか。
 教師が碁を嗜むかどうかは問題ではない。(学業より)碁を 勉強することに教師が理解を持つかどうか。教師が碁を蔑視し て、子供を「碁にはまった変人」なぞと見なせば、級友もそう いう目で見るだろう。当時を思い出したくない棋士もいるかも しれない。

 こんなことを書き始めたのは、千寿会の帰りにセーケンから ちょっといい話を仕込んだからだ。
 静岡の中学生時代、既に院生だった彼は、出席日数が年間100 日程度、授業中も寝てばかりいた。当時35歳ぐらいだった担任 の末吉先生は碁には門外漢だったが、こんなセーケンに心配り を見せた。「昨日は遅くまで碁の勉強したのだね」とそっと声 をかけて、授業中の居眠りを大目に見てくれた。 学校では厳しく管理されていた出席日数も何かと配慮して、落 第しないよう救済してくれたという。
 中学2年になると、やはり院生だった同級の井口豊秀と共に 学校の部活「囲碁クラブ」に入部する。見方によっては、井口 はセーケン以上に“碁にはまった変人”。懇切丁寧なアマ指導 には定評がある。クラブの指導教師は棋力アマ初段程度の佐藤 先生。彼は二人が院生であることを知らなかったらしい。「碁 はやったことがあるの」「はい」「では9子置きたまえ」と二 人に言って指導対局を始めた。
 セーケンとその良き友人でありライバルだった井口は既にい っぱしの悪ガキ。目で合図し合って哀れな教師の石を「全部殺 しに行った」。三々への振り替わりを拒否して星へケイマガカ リした白石にコスミツケ、立たせて攻め立てたらしい。当時院 生トップクラスにあった教え子から手ひどい全滅を食らった佐 藤先生、その時にっこりして曰く、「今度は7子置きなさい」 。

 二人の恩師を語る時、“東の貴公子”、クールなイケメンを 自認するセーケンは悪童の顔になる。忌憚なく言えば鼻をくし ゃくしゃにしたドナルド・ダックみたい、実に可愛い。子供教 室でのセーケンは、子供達に負ぶさられ馬乗りになられて嬉々 として暴れ回り、32歳とはとても見えない(風太郎談)そうだ 。
 彼は歳の離れた妹を語る時、どんぐり眼になる。ケーゴに嫁 いだショーコより、今では末妹が気になるらしい。名前は公詠 (きみえ)、21歳。ショーコに劣らず美人との噂だが、碁はま だ初心者で棋力は15級程度。セーケンがレーブンと共に講師を 務めるハッピーマンデー(市谷の日本棋院、毎週月曜日夜)に そのうち顔を出しそうだ。

 二人の恩師からたっぷり愛情を注ぎ込まれたセーケンは幸せ 者。幸せな人間は周囲に幸せを配る。敬愛するシャトル、兄事 するジョー、親友ケメオ、弟分のレーブンらとともに、碁界を 盛り上げてほしい。

亜Q

(2004.6.21)


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