碁敵の小癪な策戦

料理上手な井澤秋乃四段との3年目の結婚生活に満ち足りた表情を浮かべる高梨聖健八段。剱持丈八段、倉橋正行九段、瀬戸大樹七段らの先導役になった。独身時代は"ユルミシチョウ"の人間関係を謳歌されていたが、最近は1歳年下の山田紀三生九段の結婚を心待ちにするなど、棋士たちの良きアニキ格だ。

3月22日の千寿会ゲストは久し振りに高梨聖健八段。畏れながら小生も指導碁をお願いしたかったが、あっと言う間に6人が予約していて満員札止めの有様。仕方なく遅れて来られたT氏とI氏に対局をお願いしたのが大間違い。日ごろの精進をまったく発揮できずに何の収穫も得られない結果に終わってしまった。

T氏と言えば、お仲間を募り寸暇を割いて中国語研究に勤しむ姿に敬服せざるを得ない。中国語研究とは我が学生時代にはもっぱら「麻雀道」を意味した。優等生だった不肖・亜Qは、あまたの人材が君臨する碁界にあって王立誠元棋聖・王座、片岡聡元天元らと雀聖位を争った小林覚元棋聖・碁聖をして「あなたには麻雀が強い人だけが持つ独特のオーラを感じる」と言わしめたこともあるが、T氏の研究目的は三千年の悠久の歴史を踏まえた中国文化の本流。中国語や台湾語、そして武侠小説にも詳しく、もちろん碁も急速に上達された。

一方のI氏は元勤務先の同僚で、家業を継ぐため早めに退社された。多数の社員を抱えた多忙な家業にあって、政治・経済から歴史、宗教、民俗学などの造詣も深く、毎年のように欧米やらインドやらネパールやらミャンマーやらに出かけて蓄積した最新の経験と見聞を踏まえた独自の見識と批判精神を、乾き切った我が脳細胞に干天の慈雨のごとく惜しみなく降り注いでくれるかけがえのない友人だ。千寿先生を慕って欧米から碁の修行に来る若者(有望なニコラ青年が近く再来日する予定)のホームステイも引き受けるなど、碁界の隠れた貢献者でもある。

ところが、人間とはまことに摩訶不思議な存在。お二人の高潔な人格は、こと碁においてはまるで正反対の様相を示す。失礼ながらご両所の碁は定石やら石の姿にまるで頓着せず、もっぱら地を稼ぎまくる一方で相手の模様には焼餅いっぱいに侵略を図る。隣人だったら誰でも辟易するこうした盗人猛々しい大欲こそが、年齢熟したる亜Qには格好の餌食。柳に風と受け流し、相手がこだわる小さな儲けは惜しみなく与え、我が身は悠々と近視眼では見えない将来性に満ちた大利を得る。お二人との星勘定を試みれば「堅い白星」。ひねくれた読者なら、亜Qがこう書けば何やらうそっぽく思われるかもしれないが、これこそがれっきとした真実なのだ。

ところがこの日のご両人は特別な対策を練って来られたらしい。T氏は"モグラ叩き策戦"。相変わらずあちこち走り回って地を稼いで来るのは想定内。必然的に形成された私の厚みに何らの敬意も払わずに土足で入り込むのも想定内。しかし、重くなった二つの黒集団を放置してさらに内側から打ち込んでこられた度胸には仰天させられた。昔から「三方絡みはどこかが必ず死ぬ」と賢者は言っている。この瞬間に私は「どう打っても勝ち」と確信、すべての筋肉が緩んでしまう。だから、いざ収束に乗り出す際に困る。あちらこちらから顔を出す不届きなモグラを叩き続けている内にどのモグラにも逃げられ、地合いが大差になってしまった。どのモグラにも平等に"懲らしめの鉄槌"を下したくなるのが、正義感が強い私の唯一の欠点だった。

I氏はもっと手が込んでいた。敢えて名づければ、「かささぎもどき策戦」。二つの要素で構成される。一つは"ヨワヨワ・フェイント"。昔力道山と戦った卑劣な相手は、力道山が得意の空手チョップを振るおうとすると「許してください」と言わんばかりの哀れなのジェスチャーで同情を誘って戦意をくじき、隙を見て反則を厭わぬ悪辣な手段で猛反撃に移った。対局中のI氏はまさにこの卑劣漢。対局中始終口うるさくぎゃあぎゃあ喚き続け、私の油断を待つ。しかもこの喚き口上が"しょうもないカンサイ弁"と来た日には――。これをお読みの変人諸兄はどうか想像してみていただきたい。本サイトの管理人でもある碁敵のかささぎさん本人なら、フェイントの仕草からタイミングまで知り尽くしている。言葉も私と同様に正調関西弁。私の思考を変調させることもなければ、リズムを狂わせられることもない。I氏のあまりにも酷いカンサイ弁が感染して私本来の流暢な関西弁もぎこちなくなり、それが私の音感をいらいらさせて碁に集中できなくなるのだ。そして結果は黒が盤面10目残した。

こんな日は高梨八段の講義を聞いて不愉快な対局をいち早く忘れるに限る。「利かし」の意味、「手抜き」のタイミング、勘違いしていたことがいかに多いかを認識させられて、1時間足らずの間に半目ほど強くなった気分。そしてたまに大盤での「次の一手」を的中したり、指導碁で「亜Qさん、強くなりましたね」とか「このあたりはプロ並みの流れでした」などと褒められたりしながら、何歳になっても進化・向上を遂げていくのだ。そう言えば「賢者もおだてりゃ木に登る」というありがたいことわざがありませんでしたっけ。

亜Q

(2014.3.24)


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