玄妙!3人連碁

神社でお祭りがあった爽秋の根津、碁好きの旧友が経営するカフェ・バーで昼からミニ碁会と洒落込んだら、ご近所にお住まいの大橋拓文六段が傘をさしてサプライズ参加された。大橋六段はこの夏、仕事にかこつけてショパンの故郷、ポーランドを訪れた玄人はだしのピアノ演奏者。本職の囲碁では、「中野杯」、「おかげ杯」という二つの棋戦の初物タイトルを惜しくも準優勝で獲り損ねた。勝負を超えて、碁盤全体を点描画に見立てたような美しい布石構想(詰め碁作りもお得意でした)が魅力の実力派だ。

碁会が退けて、そのままスペインに向かった囲碁ジャーナリストのカナミー、日本棋院の囲碁普及指導員のナルシーら十数人が席を立たれた後、まだ飲み足らずに店に残ったのは大橋六段と私、そして10年ほど前に『ヒカルの碁』を読んで碁を覚え、瞬く間にアマ六段格になった青年音楽家、村田真生さん(23歳、この11月6日、東京・原宿で「4th Live」を開きます)。1面の碁盤を囲んで音痴の私は厚かましくも恥ずかしくも、こんな感想をお二人にぶつけた。「初手の黒1で星または小目に打つのは、音楽で言えばドミソで始まる長調の曲。高目や目外しならラドミで始まる短調の曲。その他の着点、例えば6-六の"複合大高目"ならば、ファで始まるモーツァルトの「交響曲40番」やシで始まる「ロンドンデリーの歌」みたいな気がする」と。

大橋拓文六段(先番)−村松竜一八段 大橋拓文六段(先番)−佐々木正八段

念頭にあったのは、大橋六段が「気分次第で」時折打たれる6線の初手黒1。本年2月1日付の「ひろふみのブログ」によると、独創的布石構想では大先輩に当たる村松竜一八段にリスペクトの想いを懸けて黒番の大橋六段が黒1(14-六)と置いた。ベテラン村松八段は阿吽(あうん)の呼吸で白2(7-十五)。以下、黒3(6-八)、白4(13-十三)、黒5(10-七)、白6(14-十六)、黒7(4-十六)、白8(7-十七)…。黒は初めの3手で美しいオリオン三ツ星を並べた。さらに翌週の2月7日付の同ブログでは佐々木正八段との黒番で、黒1(14-六)、白2(4-十六)、黒3(6-八)、白4(17-十)、黒5(6-四)、白6(16-十五)、黒7(4-十二)と、右に回転した黒の正四角形が出現した一局を披露された。

大橋拓文六段(先番)−大淵浩太郎二段 三人連碁

そして4月5日付には、大橋六段が黒1(15-六)と打った昨秋の手合いで負かされた大淵浩太郎二段の若々しいリベンジ策戦が登場。黒番の大橋六段が初手を6-六(実戦は14-六)に打ってくることをあらかじめを想定したうえで、白2(8-十一)と返した(後の感想戦で本人は「論理的に考えた結果」と打ち明けた(大淵青年のこの率直さ、理屈っぽさが、古狸の小生にはとても好ましい!)。ここでおそらく、対局者は「勝負師モード」から「芸術家モード」に変わったらしい。黒3(5-十二)、白4(14-十四)、黒5(8-十三)、白6(14-八)、黒7(16-七)と進行するのに1時間45分もかかったという。まさに二人で白いカンバスに描く点描画、勝負を超えた芸術の世界。

話はカフェバーに戻って、棋士と音楽家に挟まれた私は、おのれの力量も忘れて「黒1(14-六)、白2(8-十一)なら、黒3は(8-八)に打ちたい」と、またまたおこがましくも喚いてしまった。人格者の大橋六段が「それも良さそうですね」と調子を合わせてくれると、今度は天才村田青年が「白4は14-九」と踏み込む。「黒5は11-七」と大橋六段が続けるから、私も調子に乗って「ならば白も11-十」、村田青年は黒7を右下15-十五あたりに置く――。「黒と白は互いに三ツ星で対抗し、相対的に黒の方が小さく、白が大きい。でもそれ
ぞれ一長一短があって、これはこれで一局の碁でしょう」(大橋六段)。そしていつしか「3人連碁」という奇妙なゲームが始まり、至福の時間がごく自然に流れ出していた。

奇数人数が打つ連碁は対人競技の性格がまるでなくなる。自分が打った手を3手後に悪手にさせようと着手する自己矛盾を繰り返していくのだから、敵味方があざなえる縄のごとく入れ替わる。俳句や和歌ならば連歌、音楽ならアドリブを次々に受け継ぐジャズ演奏、絵画なら真っ白なカンバスに筆をバトンタッチしながら線や色を描いていく共同作業。私のようなへぼアマチュアでも、何とか進行役のはしくれを務めることができる。

面白いのはコウ争いの局面。Aが「コウダテ」をするとBは「ウケ」、Cは「コウをヌク」――コウが解消されるまで、この3手一組を繰り返すことになる。この場合のCは最も気楽な立場で、ペア碁で常用される「時間ツナギ」を務めているのかもしれない。この繰り返しを避けたければ、3の倍数でない5人とか7人の奇数連碁にすればいいはずだ。

碁の魅力は一口ではとても言い表せない深みと多様性があり、すべて棋士たちが心血を注いだ棋譜に記録される。しかし大多数の一般のアマチュアにはその意味やプロ棋士の思考プロセスがちんぷんかんぷんだから、棋士たちが精魂込めて仕上げた仕事を「勝敗」や「タイトル」という形で一括りにしてしまい込むより仕方がない。それではつまらない、もったいない。だから、棋譜そのものを対象にした「囲碁技芸大賞」を制定して欲しいという願いを10年ほど前にここで書いたことがある。

もし実現すれば、大橋六段や村松八段、大淵二段らは受賞者の常連になるかもしれない。選択肢が広がり過ぎた現代と違って古く良き時代には、大坂田・シューコーのように多数のタイトルは獲れなくても、橋本宇太郎、梶原武、山部俊郎ら昭和の名棋士や高木祥一、福井正明、酒井猛、石田章らの"無冠の帝王"たちは棋士同士で一目置かれていただけではなく、アマチュアたちからも今日よりも慕われていたような気がする。

亜Q

(2013.10.24)


もどる