苦手な相方(あいかた)

 東の貴公子こと高梨聖健八段とともに碁界のイケメンを代表する西のキムタク、倉橋正行九段が5月10日から始まった第62期本因坊七番勝負第1局のテレビ解説を務めた。私は封じ手直前の黒47までを伝えた第1日目の放送しか見ていないが、西のキムタクの奮闘振りが(解説の内容よりも)ひときわ印象に残った。

 お相手の聞き手役はご存知・林(りん)芳美さん。テロップに表示された肩書きはアマ六段だが、プロ九段のキムタクより知名度ははるかに高そう。昭和47年12月7日生まれのキム
タク(何と、澁澤真知子プロと誕生日が一緒!)とどちらが年上かは知らないが、テレビ解説では終始「私がお姉さん」を通していたように見えた。

 番組の初めは封じ手までの手順並べ。初手右上隅小目、白左上隅小目、黒左下星、白右下星、さらに左上黒ケイマガカリから白2間高バサミ、黒2間トビ、白大ゲイマ(白8)と進んだところで、ここでキムタクが何か(おそらく大ゲイマの意味を)言おうとした。ところが芳美さんは「それは後で」とピシャリと制止。きっと「最初は封じ手まで通して並べて視聴者に流れを見てもらい、2度目に並べながら1手ずつ解説しよう」とでも事前に打ち合わせていたのだろう。キムタクは思わず芳美さんから顔を背け、「しまった、いけね!」の仕草。あいにく背けた顔の正面にカメラがあった。だから、物心がつき始めた5、6歳の頃からずっと繰り返してきた「先生から叱られた時の表情」を視聴者にモロに見せてしまった。

 序盤早々「お姉さん」に一本取られたキムタクは、その後汗だくのサービスで挽回に努める。キムタクの身長は175?ぐらい。手も足も長いし手も大きいから、解説しながら石をたくさん握って次々に並べまくる。通常は聞き手役の方が石を置くことが多いのだが、芳美さんは品がよく性格がおっとりされているのだろう、その都度一つずつ石をつまむから九割方はキムタクが並べることになる。気がつけばキムタクの額から汗が一筋二筋。さらに立会人の円田秀樹九段が大盤に登場された時は盤の裏側を行ったり来たりしていたから、肌着の下はぐっしょりだったろう。

 芳美さんとキムタクお二人の父上は共にプロ棋士という共通点がある。関西棋院で長年貢献された倉橋正蔵九段も、名人、本因坊をはじめ多数のタイトルを獲得した林海峰名誉天元と比べるとさすがに重さが違う。もちろん、そんなことが反映されたわけではないだろうが、番組では間違いなく芳美さんの貫禄がキムタクを圧倒した。しかしこの汗のおかげで、キムタクは新規のファンをざっと2000人ほど増やしたのではあるまいか。

 もっとも芳美さんにしても、解説の先生が例えば父親と共に「チクリン」と並び称せられた大竹英雄名誉碁聖あたりになるとこうはいくまい。大竹さんも(木谷門下の総帥として結構こわもてする半面)人一倍気配りをされる方だが、それ以上に芳美さん側が奉仕する立場になるだろう。その意味でキムタクは、芳美さんにとってとても与しやすいパートナーだったと言えそうだ。

 思い起こすのは、名解説が知られる梶原武雄大先生。自身は石を持たず、「黒はこう打つであろう」「白はじっと受けるであろう」「黒は伸びるであろう」「白は頭をたたくであろう(解説では「アタタタ」などという独特の表現はあまり使われなかったと思う)」「黒は断固切るであろう」……といった具合に、扇子一つで聞き手役に指し示し、「とまあ、こんな風に進行するのではないかな、どうかなと思われるわけでございます」などと不意に視聴者に向かって愛想たっぷりの笑みをたたえる。

 視聴者は名調子に酔いしれるばかりだが、大変なのは聞き手役だ。大先生の名調子を壊さないようにリズムよく石を並べるだけではない。往々にして大先生の話はあちこちに飛んだり、長くなりすぎたりするから、タイミングよく話をまとめ、視聴者に補足する適切な質問などを繰り出さなければならない。裏方の放送スタッフからあれこれ注文が来ても大先生は一切頓着しないだろうから、そちらのフォローも楽ではあるまい。

 聞き手役にとって苦手な解説者は、多少不慣れな新鋭棋士よりやはり“偉い先生”だろう。坂田・秀行といった大棋士が相手だとどうしても緊張するし、もたもたしていると人前で叱られる可能性さえありそう。自分の世界に浸りこみがちなチクン、ヨダ先生あたりも結構気を遣わせられる。テレビ解説の聞き手役の開祖と言えばチーママ、トモコ姉の二人。どんな修羅場でも賢くまとめる捌き上手と自他共に認められるお二人に、「苦手な相方」はいないかどうか、こっそりと聞いてみたい。

亜Q

(2007.5.19)


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