グラリ、小沢流

 民主党の小沢代表が福田首相との党首会談の“成果”を党内役員会で拒否され、「不信任されたに等しい」と唐突に辞意を表明、民主党の幹部らが大あわてで慰留した挙句、元の鞘に納まった。安倍さんの時には「密室談合」を断ったのに、今回はナベツネさんら各界長老が周到に仕掛けたらしい。ザル碁以上に政治オンチの私にはちんぷんかんぷん。安倍ショックに次ぐ小沢ショックを味わった。1年半ほど前の代表就任時の挨拶の時だったか、小沢さんは「まず私が変わらなければならない」と表明したが、あれこれ詮索された“壊し屋体質”は変わらなかったのか変わったのか、それとも“鈍った”のだろうか。

 この間、国民だけでなく民主党内部からも党および党首に対するダメージを指摘する声が多かった。朝日新聞の調査によると、8割近い人がマイナスイメージと受け止めたようだ。私的に印象深かったのは、当事者の福田首相は一貫して小沢さんに同情的で、逆に鳩山幹事長は終始しょげっぱなしだったこと。そもそもサミットでも何でも、機会を見つけて二国間の首脳がしばしば“密室協議”するのは両国の国益に沿ったことだ。「共に諮るに足りる」と感じた相手、知性と善意を信じられる相手なら腹蔵なく語り合うのはきっといいことのほうが多いはずだ。

 今回の騒動をチームで戦う連碁戦(ただし適時“相談タイムあり”のルール)に喩えると、膠着した戦況の中で、主将が「波長が合った相手の得意戦法に乗って打ちたい」と主張、それをチームメート全員が即、断固拒否した。「それなら自分は主将を抜けるから代わりのメンバーで続けてくれ」と投了宣言。そのまま受け取ればずいぶんわがまま、身勝手、無責任。“壊し屋”の面目躍如たるところだ。

 気になるのは、辞意が伝えられてすぐ町村官房長官が「こんなに短時間で拒否されるとは思わなかった」と感想だか皮肉だかを漏らしていたこと。民主党側からも小沢さんに近い筋が、「説明が十分伝わらなかったのではないか、安保政策で首相が大幅に歩み寄った、選挙民への公約を果たしやすくなる、まだ力不足の民主党が実力をつけて政権をとる近道になる、そして国会を機能不全に陥らせて解散・総選挙に追い込む戦術を潔しとせず、国政を動かす中で公約を果たそうとするのは一つの見識だ——といったプラスの効用を側近がもっと補足説明できなかったか」と指摘している。

 役員会ではこうした一つ一つの内容を吟味しないまま「大連立」へのアレルギーばかりが駆け巡り、全員一致で「とんでもない」と大合唱したのだろうか。とすれば、党首会談をきっかけに前進を望んだ小沢さんには「門前払い」を食わされたと映ったかもしれない。「少しでも内容に踏み込む前に全員一致で飲めないと言われるなら、私はよほど信頼されていないのだ」とがっかりしたのではないか。

 提案は確かに従来の言動との整合性がなく、しかも根回しも行き届いていないから唐突だし、国民には全くわかりにくいと映るだろう。しかし、「事の本質、あるいは最上位の目標に迫るには、過去の経緯やカタチなどを云々するより、内容そのものに踏み込むのが当たり前」と小沢さんが日ごろから考えていたとすれば、党の最高頭脳の面々の反応にはどっと疲れが出たかもしれない。ノーベル物理学賞を受賞された小柴さんも似たようなことを漏らしていた

 辞意の根拠を説明した際に小沢さんが憂えた「まだまだ政権担当能力が不足」との発言に対しても、「自らの党を貶めるとは代表として欠格」と決め付ける声もあった。こうした人情を斟酌せず(あるいはいちいち説明するまでもない“枝葉”と切り捨て)、自ら信じる理想に愚直に突き進むのが小沢流かもしれない。同じ経世会の七奉行と言われた竹下さんや小渕さんとでは、根回しの必要性や協力相手への期待度に対する認識がまるで違うような気がする。

 もっとも、こんなギックリシャックリは組織社会なら当たり前。一般企業でも日本棋院でも日常茶飯事だろう。恥ずかしながら我が家庭組織においても、私は古女房や生意気盛りの子供たちから「話がくどくてわかりにくい、一貫していない、唐突だ」と言われ、「嗚呼、混沌たる人間社会!」などとかこつばかり。持ち前のノーテンキを発揮して目先のヨロコビ、束の間のシアワセに寄りすがり、明日のために今日も寝る日々を送るしかないのだ。

 そこへいくと、盤上はまさに美しい世界。どんな考え方もここなら許される。「変節」はむしろ「柔軟」と評価されるし、機敏な仕掛けが功を奏することも多い。もちろん、着手の意味を説明する必要もない。自分に与えられた棋力の範囲で、結果責任は自ら負うのだから。小沢さんはこれまで以上に碁にのめり込むのではないか。そして思う存分、「説明省略」「変節」「唐突」の限りを尽くしてますます上達するだろう。好敵手の与謝野前官房長官と師匠の依田元名人が小沢さんの心強い“与党”になるに違いない。

 数十年来の同士である元衆議院副議長の渡部恒三氏は、「小沢さんは明らかに変わった」と断言していた。「かつてはいったん言い出したら誰の言葉も聞かなかったのに、慰留されると『ありがとう』と柔らかくなった」と。ダメージばかりが目立つ今回の騒動だが、かけがえのない成果も生まれたのではないか。与党と最大野党の党首同士に固い信頼感が芽生えたらしいからだ。「もう党首会談は原則としてやらない」と辞意撤回表明の場で小沢さんが言っていたが、好きな時に互いにケータイで連絡し合えるなら会談する必要などなくなったではないか。

 私は碁を嗜む人には理屈抜きに好意を抱いてしまうから、小沢さんにも福田さんにも贔屓目が過ぎたかもしれないが、日本国の国益と世界の平和のために「雨降って地固まる」ことを期待したい。

亜Q

(2007.11.8)


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