囲碁界の“南部”

世界中の物理学者の誰からも尊敬されている南部陽一郎氏が本年度のノーベル物理学賞を受賞された。とっくに受賞されておかしくないのに30年間、いや、基礎となる理論を導き出してから半世紀もの長い間お預けを食わされた。南部さんは新聞の取材に応じて、「ジュネーブの欧州合同原子核研究機関(CERN)で大型ハドロン型加速器LHC実験がスタートし、世界の第一線研究者たちの手で質量の起源を探ろうとしているその年に私がノーベル賞をいただくことになったのも、何かご縁があるかもしれない」と答えておられた。実は千寿会友のトミー(写真の右端)もこのLHC研究スタッフの一員。日本とスイスを行き来する寸暇を割いて千寿会に顔を出されているが、ご努力が報われてすばらしい成果を挙げられることを祈りたい。

ところでうれしいことに、南部さんは本サイトでもちょっぴりご登場いただいている。雑記帳「碁打ちになりたかったんだよ」で使わせていただいたチンパンジーが書物を投げ出して寝ころがっている図。「物理屋になりたかったんだよ」とキャプションにある“物理屋”の文字が南部さんの手書きだ。元の印刷文字には「哲学者」とでも書かれていたのだろうか。南部さんは大阪市立大学に奉職されていた頃、武者修行に訪れた東京大学の後輩、小柴昌俊さんに理論物理の基礎を叩き込んだ恩師。愛弟子の文化勲章受賞(小柴さんがノーベル物理学賞を受賞されたのはその後)を祝って、元の文字を消して筆で「物理屋」と心を込めて改ざんし、ファックスで送り届けられたらしい。

南部さんは若い頃から、世界の一流物理学者仲間から「困ったときは南部に聞け」と頼られる存在だったようだ。学問の世界は特許も商業既得権もない。四六時中考え続けて見つけた解答を惜しげもなく他者に提供する。時には自分の理論が理解されない、それどころか問題があることすらわかってもらえないこともあったようだ。この天才の日本での学者生活が十分報われていたかどうかは知らないが、真理をひたすら求めて87年の人生を送ってこられたのだろう。

囲碁界で南部さん的な存在と言えば呉清源、藤沢秀行の二人の老師。群を抜く実績に加え、日本国内だけでなく中国や韓国の棋士たちにも貴重な道標を示した。その良き後継者を私の好みで挙げれば、小林覚元棋聖と依田紀基元名人。内外の一流棋士たちの目から鱗を落とすような斬新な考え方をこれからもどしどし打ち出して欲しい。

亜Q

(2008.10.11)


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