真似碁考

ひょんなことから、最近"真似碁"を経験した。 などと言えば被害者みたいだが、仕掛け人は私。

まずは欧州アマ・ベンヤミン君との2子局。 白第1着、左上小目に黒はすぐ1間高ガカリ。 白左下星の黒にケイマカカリ、黒ケイマ受け。 そして白5は右下空き隅にひょいと高目。 黒は周囲の援軍を背にすぐに小目に入る。 白は待っていたらしい。指しならせてケイマガケ。

石を置いた立場、序盤から封鎖されたくはない。 黒下ツケ、白オサエ、黒切リなどと進めば基本定石。 シチョウも黒がいい。これで不利は考えられない。 しかし待てよ――。 シチョウ優位を全面的に信頼していいのだろうか。 左上に同じ形が放置されているのが気持ち悪い。 上手の白から何か技が飛んでくるかもしれない。

Oh, my god!その時、私に天啓が舞い下りた。 右下に挨拶せずに、左上の小目の白にケイマガケ。 白は居丈高にノータイムで右下黒を封じ込めにくる。 私は内心を押し隠し、努めて眉根を寄せる。 困り顔で少考の後、そっと左上、同じ形に石を置く。

白の苦吟はここから始まった。 どう打とうと、左上と右下で立場を代えた同じ形が出現。 二隅で全く互角に進行してどんどん盤面が狭くなれば、 右上と左下の置石の威力が相対的に光っていく。 黒の真似碁を回避しようと白はあちこち打ってくるが、 黒はその都度手堅く対応して右下と左上は白任せ。

形が決まった数手後、黒は真似碁路線を捨てた。 二隅で形が決まれば、私だってもう独り立ちできる。 危険を避け、背伸びをせず、結果は黒の完勝譜。

時移り舞台は変わり、地元の強豪とのやはり2子局。 強豪はいつも目ハズシからの難解定石で私を苦しめる。 きっとハメ手に違いないのだが、私は必ず不利になる。 そうはさせるか!

千寿会で味を占めた私はすぐに真似碁をスタート。 2,3手後に気付いた強豪は猛烈な勢いで喚き散らす。 そんなのは碁ではないっ、この卑怯者! あまりの剣幕に恐れた私は早々に真似碁を放棄。 計画に齟齬をきたした下手に、もはや勝ち目はない。

――そもそも、真似碁とは何者なのだろうか。 盤上対称の位置で否応なく互角の形が決まっていく。 しかも真似した側はいつでもやめる権利を留保する。 となれば、真似碁は特に弱者にとって有力な戦法?

とんでもない。私は実はその反対だと信じている。 もし徹底的に続けるなら、真似碁は必ず不利になる。 真似碁対策のカギは天元にありと言われる。 天元が決め手になる形に誘導していけばいい。 黒第1着天元からの真似碁(太閤碁)に対しては、 その第1着を愚手にするように持って行けばいい。 私のごときザル碁アマとは違う。プロなら訳は有るまい。 コンピューターならもっとお手の物かもしれない。 おそらく1年以内には最強の真似碁対策ができるだろう。

問題は、「仕掛けた側がいつでも勝手にやめられる」点だ。 相手の着手が明らかにおかしいと感じた時に裏切るのだ。 例えば星に両ガカリ、5の五にコスミ、三々に侵入した形。 どちらの側であれ、次の一手は全局との兼ね合いになる。 のっぴきならない大コウの仕掛け時も似ているかもしれない。 いずれの場合も、できれば相手に決めさせて対応したい。 真似碁ならば、相手に手を渡して好きな時に降りられる。 こんな状況になれば、コンピューターでは埒があかない。

真似碁を重用したのは故・フジサワホーサイさんだそうだ。 日本初の九段棋士、呉清源九段との番碁にファンは熱中した。 彼は棋士としての最晩年、10代の院生相手に早碁をよく打っていたらしい。 若い相手から見れば、初代九段の大棋士と言ってもピンと来るまい。 戦い済んで日が暮れてぼろ雑巾の風体になって、なお増す碁への愛着。 そして後進への愛の鞭(参考)。 そんなホーサイ先生は私が尊敬する棋士の一人。 圧倒的に大勢を占める非難の声に屈さず、己の信ずる道を進む。 棋士の使命が棋理の究明にあるなら、真似碁はその一里塚。 茫洋とした棋理を、真似碁を利用して解明する糸口にしたのではないか。

かくして、ザル碁おじさんの小生は今日も隙あらば真似碁を試みる。 日頃私を舐め切っている似非強豪諸兄よ、覚悟召されよ。 好きな時に真似を始めて好きな時にやめる。必殺上手殺し! 地元の碁敵のように文句を垂れるようでは強豪の名が廃る。 どんな戦法にも堂々と胸を出してザル碁をへこましてみやがれ。

しかしよくよく考えてみれば、3子以上置いた場合はどうする? これでは今年も健二さんにはなかなか勝てないかも。

亜Q

(2003.1.3)


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