快傑マイケル(下)

盤面は阿含桐山杯 張栩(先)−マイケル・レドモンド戦

千寿会お開き後は近所の赤提灯で定例の飲み会。この日はフランスからの若者も含めて20名近い盛況だった。興趣を一段と盛り上げてくれたのはここでもレドモンド九段。これまでテレビや解説会などで拝見した印象では、「日本人以上に日本語がうまく、目配り・気配りが利いた囲碁解説をスマートにこなすお洒落でアタマがいい好紳士」といったところ。映像や公開の場ではなく、実際に話を交わすことができたこの日は、お馴染みのテレビ解説より一歩踏み込んだ建前抜きの本音人間ぶりを大盤解説で披露し、飲み会でも初対面のザル碁アマ連中を相手に胸襟を開いていろいろな話をしてくれた。

最初のサプライズは生ビールでの乾杯後。焼酎の銘柄選びに際してメニューに書かれた「芋焼酎 赤兎馬」を一読、「セキトバにしましょう」と無雑作に指名された。「赤兎馬」と言えば、大著『三国志』に登場する呂帝だか曹操だか関羽だかが乗り回した一日千里を駆けると言われた名馬だが、読んでいなければ何のことやらわからない(私は幸運にもたまたま読んでいた)。一瞬耳を疑って聞き返すと、「14歳で来日してから、漢字を覚えるためにルビがふられた中国の時代小説を濫読した」とにっこり。まずは吉川英治の『三国志』、『梁山泊』ついでに『宮本武蔵』。最近は「彼の文章が好き」(これも外国人のせりふとは思えない)と宮城谷昌光の作品を愛読、現在新聞連載中のもののほかはすべて読破されたと言う。「ただし、エンターテインメント性を重視して物語の流れを勢いよく読ませてくれる吉川英治作品を読んだ後で宮城谷本の『三国志』『梁山泊』などを読むと、時代背景やら史実説明の詳細に立ち入り過ぎて抵抗を感じることもある」とは、日本の読書人でもなかなかこんな境地には至らないだろう。

この話に大喜びされたのが、本欄でお馴染みのたくせんさん。持参されていた中国の武侠小説家「金庸」の文庫本(8月9日付本欄「秘曲笑傲江湖の碁」など多数紹介されています)をかばんから取り出して差し出すと、レドモンド九段はさっそく題名、出版社などをメモされていた。碁を取り上げることも多い多作小説家金庸にも今後チャレンジされるのかもしれない。

酒席にお通しが出回ると今度は食べ物の話題。「日本食で食べられないものはない」と豪語されるから、「ホヤとかクサヤはどうか」と追求すると、「実は日本に来たばかりのころはお寿司とウニがだめだった」と告白。よくよく聞いてみれば、「当時は安物の寿司ばかり食べていたから美味とは思わなかったし、ウニはジャムと間違えてパンに塗って食べた後吐き出した記憶がある」からだったが、日本の生活になじんでいくうちに両方ともすごいご馳走だとわかったそうだ。

現在第一線で活躍する棋士の話題になるとマイケル節はさらに舌好調。ただし、飲み会の場では四方八方から質問攻めに遭うから、彼は聖徳太子みたいに要領よく答え、私の愚問ばかり相手にするわけではない。当然、私が覚えているのは断片的で浅い内容ばかり。そのあたりをご寛容いただき、順不同に箇条書きさせていただく。聞き手の私はもちろん棋士ではないし、棋院関係者でもないし、記者でもない。囲碁を愛する一介のザル碁アマとして、興味本位にやり取りした短い言葉を雑駁に書き連ねるしかない。

◆結城聡九段は“まだ負けてない碁”を投了してアジアテレビ杯準優勝に終わった。彼の碁はヨミが早く、激しい。今の彼なら誰に勝っても不思議でないし、逆に誰にでも負けそうなもろさも感じる。そのあたりが彼の課題かな。成績がいいから上京される機会が多く、碁を離れた場ではいつも楽しくお付き合いいただいている。
◆名人戦七番勝負への挑戦が決まった高尾紳路九段は、おっとりした人柄が碁盤の上で吉と出たり凶と出たりする。初めて本因坊位を奪取したシリーズで張栩さんからエキスをもらって厳しい碁が変わった感じもするが、時々おっとりした所が現れて国際棋戦で負けたりする。まだ完全に変身していないかもしれない。勝負師としての執念をもっと前面に出せばもう一皮むけるだろう。
◆1勝した後4連敗して本因坊位を山下天元に明け渡した羽根直樹九段は見た通りまじめで穏やかな性格。対戦はまだないので碁は分からないけれど、普段の印象と違って厳しい碁だと思う。本因坊七番勝負ではその厳しさがいまひとつ発揮されなかった。何か心配事でもあったのではないかと心配だ。実は私は6局目のNHK生中継の解説を依頼されていたので、その意味からも残念だ。
◆棋士会長の座を小川誠子六段にバトンタッチされた依田紀基元名人は、時として世間常識や慣習などから離れた見解を説くように見えることがあるが、善意をもって真摯に聞けば彼なりに論理がとてもきちんとしていて、傾聴させられることが多い。
◆棋士として尊敬しているのは、趙治勲先生と張栩さん。治勲先生は普段もにぎやかで楽しい人、会話の相手を選ばず若手とも雑談する。碁の内容は絶対に妥協しないところが好きですね。張栩さんは研究熱心で布石が少しずつ変化していく。若い頃は地ばかり取って力任せのイメージもあったが、今は序盤が柔軟でこだわりがない。中盤以降の判断力とヨミのきめ細かさは抜群です。
◆と言っても、例えば張栩さんは結構頑固だし、お酒を飲んでハメを外すわけでもない。お友達にするなら、例えば洒脱な江戸っ子気質の福井正明先輩。後輩ならイケメンの見てくれからはちょっと想像しにくいかもしれないけれど気骨が一本通っている高梨聖健八段あたりもいいね。張リュウ七段は若手仲間で人気者のようで、多分明るい性格。一局対戦したが、彼の内容が悪く、まだ本来の姿を見てない感じがする。それに、若いのにずいぶん頭が薄い(と、私を見ながらニヤニヤしておっしゃるから、「はげ頭は頭がいい証拠です」と私は張リュウさんに成り代わってお答えしておいた)。
◆このたび亡くなられた大枝雄介九段門下で妹弟子に当たる万波姉妹は碁も強いけれど、人間ができている。性格も頭も良く、大枝門下の誉れですね。佳奈四段の人柄はよく知られているところだが、妹の奈穂二段はオーラが強く人によっては派手な印象を受ける場合もあるかもしれない。でも実はとてもまじめな女の子ですよ(本ページの雑記帳に、かささぎさんが撮った奈穂二段の傑作写真があるのでご参考までに)。

マイケル語録がひと休みすると、私は日ごろの自説をご披露したくなった。――囲碁界にとって今最も重要なのは「普及」だと思う。国内では子供や若い人、国外では特に欧米がターゲット。その意味で、日本で学び、トップに上り、人気者にもなった米国カリフォルニア州出身のマイケル・レドモンド九段は宝物みたいな存在。岩本薫、小林千寿両師を中心に切り拓いてきた国際普及活動の流れを、男性ならレドモンド九段、女性なら梅沢由香里五段あたりのエース級がさらに後押ししていくことはできないか――。こんなことを私がまくし立てると、レドモンド九段はふと下を向き、「千寿先生の前では申し上げにくいし、申し訳ないような気もするけれど、まだ碁を打っていたい」とつぶやいた。

10歳の時、物理学者だった父親から碁の手ほどきを受けすぐにのめり込んだ。日本でプロを目指すと決心した14歳の時、母親は猛反対したが父親は支援してくれた。上述した程度のアマとの会話の中でも、身の周りの世間の中での調和を心がける日本流とはちょっと違って、あいまいなほのめかしより自分なりに捉えた本質を明快に指摘する物理系人間の姿勢が垣間見えたような気がする。もちろんこれは凡夫の私が得意とするいつもの思い込み、勘違いなのかもしれないが。

彼の碁はこれまで2回大きく変わったと言う。日本に来たばかりのころはまさに力碁(第1世代)。それで院生順位は19位(当時は階級別でなく通し順位を付けていたようだ)になったが、すぐに60位にまで落ち込んだ。「力碁では勝てない」と悟って“相場の碁”を目指し、終盤までに相手が間違えば勝つというバランス碁に代えるとまた19位に戻った。

何とか入段してプロになると、それでは全然勝てない。もう一度1手1手に汗をかく力碁(第2世代)に戻してともかくも九段まで上り詰めた今、さらに力碁を進化させた「第3世代」を目指しているのだろうか。碁に関しては誰にでも遠慮せず、時として辛らつな口調が飛び出すレドモンド九段を見ていてそんな気がしてきた。昭和38年生まれの47歳は今が働き盛り、男盛り。「碁で勝負」、大いに結構。肉食系・物理系の血を引く快傑マイケルの活躍を期待して見守りたい。

亜Q

(2010.8.19)


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