快傑マイケル(上)

フランスからのプレーヤーたち

8月7日の千寿会は、独特の編集方針で固定愛読者を持つ『囲碁梁山泊』(季刊)編集室から長谷川加奈美さんら、それに千寿先生の欧州普及活動に触発されてフランスから大挙(総勢11名!)来日した若いプレイヤー(最年少は14歳のハンサム少年、トーマ君)たち数人も加わって大賑わい。その主役がこの日の講師、テレビ解説などでも人気のマイケル・レドモンド九段。私は10年ほど昔、奥様のシェンシェン(中国棋士三段)の姉上、牛力力(ニュー・リーリー)中国棋士五段と三女のフェイフェイさん(アマインストラクター)のお二人に別々に指導碁を打っていただく機会があったから、レドモンド先生に教えていただければマイケル・ファミリーのうち奥様を除いて4分の3制覇(たとえ全敗でもこう記したい)が叶うところ。でも先着の会友たちの予約が埋まってしまっていて、この夢は当分お預けとなった。リーリー、シェンシェン、フェイフェイさん三姉妹棋士は中国を代表する知的美人。特にリーリーさんは、ゼイ・ノイ、孔祥明(ご存知、日中囲碁団体戦で“鉄のゴールキーパー”と謳われたジョウ・エイヘイ九段の先妻であり日本棋院の孔令文六段の母君)中国女流囲碁界の両巨峰と並ぶ三強と言われた実力者。日本では呉清源老大師の代理人としても活躍され、大ベストセラー『21世紀の布石』の仕掛け人兼ライターを務められた。

碁聖戦第三局 張栩碁聖−坂井秀至七段(先番)

この日の大盤解説は、レドモンド九段が初めて立会人を務めた碁聖戦五番勝負第三局(7月20日、新潟県・長岡グランドホテル)。黒(坂井挑戦者)が上辺、白(チョーウ碁聖)が下辺に星と小目に配石した並行型の構えから、黒が右下星の白に小ゲイマガカリ、白2間高バサミ、黒両ガカリの後、星からケイマして黒5をボウシした白8がこの局の流れを決める点火薬になったらしい。黒9で星の白2に17-十六(白10)とツケれば難解定石になるが、これを白の作戦範囲と見た坂井挑戦者が黒9(17-十七)と三々に入って実戦は黒17(13-十七)まで簡明な形に分かれた。この間の折衝で、白は14ハネ(18-十七)と16カケ(13-十六)と小技を利かしている。

この局面は黒の実利、白の厚みの対抗で、碁聖の棋風とは正反対。「挑戦者は碁界きっての研究熱心。タイトル戦の番碁ともなれば相手の打ち方をたっぷり研究して作戦を練ってくるタイプ。それを熟知する碁聖が白8の変化球から始まる厚み作戦で挑戦者の思惑を外したとも考えられる」と、碁聖の人となりをよく知るレドモンド立会人は対局者ならではの心理状態に踏み込んだ深読みを披露してくれた。事実、その後挑戦者の着手の流れが少しずつ乱れていったようだ。「黒9では17-十六ツケてもらい、その後のチョーウ碁聖の対策を見たかったが、黒5の動き出しから白の薄みを追求するのが黒の狙い」(レドモンド立会人)だから、これはこれで一局なのだろう。

続いて右上黒25(17-五)まで進み、左下白26(5-十七)ケイマジマリに手を抜いてさらに右上を追求した黒27(17-二)アテがしつこかったようだ。その後巧みなコウ戦術を絡めて白に走られ、黒は序盤で失速する結果になったらしいが、ここでは挑戦者の捲土重来を願っておこう。何しろレドモンド九段は、千寿会お開きの時刻が迫る中でもう一局大サービスして並べてくれたのだ。実はこの日、会の開始時刻に遅刻した私はもう指導碁を始めておられたレドモンド九段に「最近チョーウさんと打たれましたか?」と挨拶代わりに訊ね、少年のような笑顔の回答をいただいていた。果たせるかな、2局目の大盤解説にチョーウ四冠との自戦選解説が取り上げられた時、自意識過剰な私は「ご挨拶の効果が顕れた」と思い込んで大いに満足だった。

この対局は6月17日に行われた阿含桐山杯本戦。前回の優勝者も予選本戦から勝ち上がっていかなければならない同棋戦で最多3回の優勝を誇る大本命にしてコウ戦略が大得意なチョーウ四冠(黒番)を相手に、序盤から中盤にかけての2つの大コウを勝ち抜き、黒が左辺に築いた強大な厚みの中で早収まりを図ったレドモンド九段の作戦が図に当たった。持ち時間2時間の早碁、しかも鬼気迫るチョーウ四冠のヨセに苦しみながらも半目残した会心作だったようだが、「この対局はアマには難し過ぎる」と千寿先生が言われたように、私にはとても歯が立たない。だいぶ長くもなったので、ザル碁アマのくせにエラソーな観戦記はこの辺でお開きにして、“快傑マイケル”の真髄に酔い痴れた飲み会でのマイケル語録を次回に書かせていただきたい。

亜Q

(2010.8.12)


もどる