碁打ちになりたかったんだよ

物理屋になりたかったんだよ
物理屋になりたかったんだよ

 東京大学素粒子物理国際研究センターで小柴昌俊名誉教授に会う機会がありました。傘寿間近とは見えない顔つや。少しも偉ぶらず、本当に幸福な人間のオーラをたっぷりいただいた。
「ノーベル賞を受賞して以来、“猿回しの猿”みたいな生活を送っています」。
「幸い健康だから、送迎の車はお断りして、どこにも歩いて出向いています」。
「今さら第一線の研究現場にしゃしゃり出るつもりはないけれど、後進を育てたい」。
初対面の私に、小柴さんは開口一番、そんな風に話しかけてくれた。以下は、当日私がうかがった小柴語録のエッセンス――。

 今、情熱を注いでいるのは、2003年に設立した平成基礎科学財団の仕事です。国立大学が独立法人に移行して独立採算が強く求められるようになりました。私はこうした動きに反対するわけではありませんが、気になることがあります。基礎科学や文学など産業利益と無縁な純粋な学問が必然的に冷や飯を食わされないだろうか。“お金にならない研究”がないがしろにされていけば、どんな世の中になってしまうでしょう。

 私がノーベル賞をいただいた「天体物理学」も、生活や社会にすぐに役立つような学問ではありません。それなのに私は多額の血税を使い、その結果として身に余るほどすばらしいたくさんの賞をいただきました。物質の究極の姿はどんなものだろう、宇宙はどのように生まれ、これからどうなるのかといった世の中の森羅万象について、真理を追究する気持ちは万人に共通した価値観であり、これがあってこそ、人間本来の尊厳や生きている喜びを感じることができると思うのです。

 私は現在、「老後は一切税金を使わないで、借り物の装置とポケットマネーで小さな実験を細々と楽しみ、もしその結果何らかの形で国民にお返しできたらいいな」というささやかな願いを持っています。そして同時に、基礎科学の面白さがわかる教育を普及して、一人でも多くの意欲と夢を持った若者を育てたいという大きな望みを持っています。だから私は、基礎科学を応援する財団を作りたいと思いました。

 そして小柴さんは、ノーベル賞金3500万円とイスラエルから受けたウルフ賞500万円を合わせて4000万円を寄付。財団設立には1億円必要だから、不足分の6000万円を浜松ホトニクスの晝馬(ひるま)輝夫社長に頼み込んだ。さらに賛助金として自分の著書の印税から毎年250万円、ついでに身内を口説いて弟と義弟にそれぞれ100万円ずつ、合わせて年間450万円を確保したという。

 物理学や数学は、工学や経済学などと違って、人間の生活に直接の利益を与えるかどうかと言った枝葉末節の事柄をきれいに取り除いて、未来永劫、どんな無理難題にも耐えられる普遍の真理を探ることなのでしょう。とすれば、それは何と囲碁の世界と似ていることでしょう。日本には道策・秀策らの遺産があります。

 千寿会にも時々参加されるqin太師の掲示板にこんな書き込みがありました。『碁盤に秘められた宇宙を旅するのが碁打ちでも宇宙があまりにも広大なので行き先を決めるのは至難の技。終着駅がどこにもないので、旅の羅針盤を「美学」と表現したのでは中廊下。ナマイキ言ってスマソ 』――。

 小柴さんは文化勲章をもらうことが決まった時、下記のファックスを何時間も眺めていたそうです。「物理屋になりたかったんだよ」――。チンパンジーが本を投げ出して寝ている図。尊敬する先輩の理論物理学者・南部陽一郎氏からファックス。私の想像ですが、涙茫々だったでしょう。

 碁にたとえれば「碁打ちになりたかったんだよ」。何の才能もない私はこういうのにとても憧れます。もちろん、いまさら碁打ちには絶対なれないけれど。社会の末端で細々と人生を送り、2人の子供がそろそろ社会人になろうという私ももうすぐ定年を迎えます。せめての望みは、自分なりに囲碁の真理に近づくこと、人間のすばらしさに触れること。この夢を新年も持ち続けて、師匠、友人、ライバル、後輩たちと楽しく交流していきたいと思います。

亜Q

(2004.12.20)


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