続・金庸氏の棋力は?

「岡崎由美先生と行く中国の旅」で寧波や杭州に行ってきました。
 以下はその中の「雲松書舎」の抜粋です。
 前に「金庸氏の棋力は?」という一文を書いたことがありますが、今回はその続きにもなります。

 雲松書舎は、杭州植物園の一部である。ここは金庸さんの別荘になるはずの所だった。建てたのは1996年、もう10年以上たつ。
 左上に棋室がある。

 まずは耕耘軒、柱の連は作品の題名が使われている。
右 飛雪連天射白鹿
飛狐外伝・雪山飛狐・連城訣・天龍八部・射鵰英雄伝・白馬嘯西風・鹿鼎記
左 咲書神侠倚碧鴛 (咲は笑と同じ)
秘曲笑傲江湖・書剣恩仇録・神鵰侠侶・侠客行・倚天屠龍記・碧血剣・鴛鴦刀

 棋室は狭い、と言っても8畳くらいはある。
 この部屋に入ったのはわたしだけだった。碁石は丸餅のように片面が平ら、なんとなく持ちにくい。
 碁盤・碁笥・碁石とも三流品に思える。その他の造りと比べてバランスが悪い。これは金庸さんが揃えたとは思えない。誰でも自由にさわれるよう三流品にしたのか。

 岡崎さんは碁を打てないのであるが、
「聞くところによると、金庸さんはプロ並みに強いそうです」
 1924年生まれ、すでに八十歳を越えるので、今ではそんなに打てないだろうが、「プロ並み」というのは微妙な表現だ。プロ並みになるには、子供のときに、一日十時間十年の勉強が必要という。金庸さんがそれほど碁に打ち込めたか疑問だ。もちろん例外はあるし金庸さんは天才なので、なんともいえない。日本なら地方の県代表クラスと考えたい。一度金庸さんの碁を見てみたいものだ。

 西湖に近く杭州植物園の中に土地を提供され(三千二百平方メートル)、千四百万元(二億円ほど)のお金をかけて、1996年に別荘を建てたが、そのまま使わず杭州に寄附。ローカルな観光地になっている。ちょっと「できレース」の気もするが、追求しないことにしよう。もっとも一晩は泊まったことがあるらしい。そうでなければ元別荘と名乗ることもできない。
「できレース」でなくても、このような土地を個人で所有することには問題がある。まるで主席や首相並みである。庶民の反発もあろう。
 わたしは02年に西湖に行ったことがある。その時は、蘇堤の西側は庶民の船が入ることは禁止されていた。政府トップクラスの別荘が並んでいるからだ。今は入れるようになっていた。それに近いような一等地である。
  −彼はなんの資格があって、この土地を私有できたのだ。−
 金庸さんが、建ててはみたものの、すぐに寄附してしまったのは、この問題に気か付いたためかも知れない。

参考 雑記帳に次の文があります。
笑傲江湖の碁
天龍八部の珍瓏
占か碁か

謫仙(たくせん)

(2007.11.18)


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