天龍八部の珍瓏

 金庸の武侠小説「天龍八部」には碁の場面が2カ所ある。その話は「金庸氏の棋力は?」に書いた。
 その天龍八部がテレビ大河ドラマとなって、レンタルビデオで見ることができる。
 当然碁のシーンは興味がある。
 黄眉和尚と段延慶の対局は画面がはっきりせず、判らなかった。

 原作では石の上に内力で線や石を刻むが、ここでは内力で空中に霞み網のような碁盤をつくる。

写真1

 もう一カ所、珍瓏のシーンがある。

 かなりの打ち手、蘇星河が30年研究しても解けない。
 その珍瓏は
1.盤上には200以上の石が置かれている。
2.一カ所、20目以上の白石がセキで生きている。それをみずから目をつぶしてセキ崩れで死んでしまう。
3.それが、八方ふさがりの白を救う。

 さすがにこの条件を満たす珍瓏は作れなかったとみえて、代わりに写真1があった。
 これは複雑な終盤だ。
 判りにくいので1図に示す。

1図

 蘇星河(聡弁先生)が珍瓏を示し、武林の名手に集まれと宣言。
 まず、段誉たちが行くと碁盤(断崖)に1の図が示されている。
 白番である。

わたしの棋力では読み切れないが次のようになりそう。
左下は、白キリで黒死。
中央は白先で、イキイキ。
左上は白先でイキ。
右下は白先で劫かセキ。

2図

段誉(大理国の王子)が挨拶を済ませ、改めて碁盤を見ると2の図になっている。
赤で示した部分が追加されている。

写真2

 そこに虚竹(こちく)が来る。

写真3

 次に星宿老仙が来て、次に玄難大師が、次に鳩摩智(くまち)が来るまで2の図のまま。

 次に慕容復が来る。挨拶を済ませ碁盤の前に来る。
 その時は上辺に白石の切りが加わっている(写真3)。それがあれば上辺は白先で黒死だ。
 ここまでは、まだ誰も何もしていない。

写真4 中国語音声でも右下と言っている。

 慕容復が白、鳩摩智が黒を持ちそれぞれ一手を打つが、これがなんと今ある石の上に打つ。それはないぞ。
 更にもう一手ずつ、これは中央の急所。

3図

 そこで鳩摩智が左下を指して言う。「右下の白が全滅だ」それが3図。
 この時は右下に黒石が加わっている。右上は更に手が加わっていた。

4図

 四大悪人(段延慶たち)が来る。盤面は2図に戻っている。
 段延慶が白で蘇星河が黒で2手づつ。それが4図。

 なんと白の2手はダメと地中に打っている。それを並み居る人が「さすがは段氏」と感心しているではないか。

5図

 この続きを段延慶が打とうとして打てないので、虚竹が打つ。続けてなので前の2手づつはそのままのはずだが、この時は2図に戻ってしまっている。
 虚竹が打った場所は進行とは異なるが、打ち終わった図は5図である。

 左下がウッテガエシで取られた形であり、図にある赤の┼の部分のウチカキがなく代わりに右上に白石が加わっている。
 これから虚竹が、数手を打って終局になる。

 これが30年も研究して解けなかった珍瓏であろうか。ああ。

 おそらく何度も撮り直しているうちに、戻し忘れや撮影前後があって気づかず、それをあとで碁を知らない人が編集した、あるいは訂正できなかった結果ではないかと思う。

 結局、原型が判らないが、2図に近いのではなかろうか。
左下を白が一目取り、黒ウッテガエシ、白ウチカキ。そこで手を抜いたのが腑に落ちないが、どこかに打った。その形から右上の一目がないのが1図である。

 小説上では、目を閉じて出鱈目に白石をおいたら、そこが白の目をつぶす手だったという、はなはだ金庸的な解決法。(天龍八部-第五巻 草原の王国)

たくせん(謫仙)

(2006.4.12)


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