貴公子かく語りき①〜ボクは覚さんを応援する

高梨聖健八段(最近、写真を撮っていませんでした。
これでごめんなさい。かささぎ)
 新年最初の千寿会の講師はチーママと“東の貴公子”こと高梨聖健八段。話題は当然、1月17日から始まる棋聖戦タイトルマッチ「山下敬吾棋聖vs小林覚挑戦者」七番勝負の行方。いつも寡黙な貴公子も「きっと殴り合いの碁になると思う。どちらが勝つにせよ、七番まで行ってほしい」と顔を紅潮させている。「それで先生はどちらを応援されるのですか」と会場から声(主はもちろん私。慎み深い賢者なら決して口にしないはしたない質問を真っ先にしてしまう因果な性格なのだ)。貴公子にとってこの質問は想定外だったのだろうか。目を丸くして「それはまぁ、モニョモニョ」とはぐらかしてしまう。

 千寿会が引けた後、行きつけの赤提灯に場所を変えてかささぎさんがつまみを頼み、会員同士が正月の挨拶などを交し合っていると、同行いただいた貴公子がビールを2、3杯飲んでポツリとひと言。「ボクはやはり覚さんを応援している」。今度はこちらが目を丸くする番だ。それって、冷え切った兄弟仲を告白したみたい!貴公子は4人兄弟の長男で人一倍家族思いの優しい性格。中でも小さい頃から一緒に碁を学んだ最愛の妹・聖子(しょうこ)さんは敬吾棋聖のお嫁さんであり、血がつながった初の甥っ子であるマサキ君は敬吾棋聖の長男。早い話、ご承知の通り、貴公子と敬吾棋聖は義兄弟なのだ。

 周りの一堂はこの点を踏まえて発言の趣旨を厳しく追及するが、それでも貴公子は話を巧みにそらして理由を語らない。えーい、それなら不肖・この私が代わりに答えて進ぜよう。碁はザルでも、誠に僭越ながら人の心を勝手に読み解く猿知恵と途方もない妄想にかけては人後に落ちない自信がある(生まれ変わったらコロンボ刑事になりたい!)。

 まず前提になるのは、「棋士たる者、親兄弟を含めて周囲はすべてライバル」との気概。確かに敬吾棋聖は自分の愛する弟だが、覚さんも日頃から我が師と慕っている先輩。それなら自分が好む棋風を持つ覚さんを応援したくなるのではないか。もちろん、敬吾棋聖だってこんなことで気を悪くするはずはない。むしろ、芸風が異なる大先輩の胸を借りる喜びはあっても、勝ち負けなどは超越した心境にあることだろう。

 もう一つの視点は「世代間競争」。07年1月現在の主要タイトル者の年齢をみると、敬吾(28=棋聖・王座)、高尾(30=名人、本因坊)、ウックン(26=碁聖・竜星・アゴン杯)、チクン大棋士(50=十段)、河野臨(26=天元)、羽根(30=NHK)、ソンジン(36=NEC)、松本武久(26=新人王)。これに06年の勝ち星ランキングなどを加味して各棋戦で現在活躍している世代を分類(単に無機的に年齢で分けるのではなく、“四天王世代”を境に勝手に線引き)すれば、5世代が激突している。広い年齢層が対等に勝負できる囲碁の魅力についてはこちらをご参照ください。

 すなわち、「大ベテラン」(概ね50歳以上、該当者はチクン大棋士。失礼ながら、大竹・林両巨峰をはじめ、副理事長職に忙殺される小林光一、前理事長代行の工藤紀夫、石田芳夫、武宮正樹らの各九段は相変わらず強いけれど“活躍”とまでは言えない)、「ベテラン」(概ね40歳以上、依田紀基、小林覚両九段が代表格、立誠、オーメン、山城、片岡、彦坂各九段は今ひとつかな)、「中堅」(概ね30代、リーグ棋戦で活躍する山田規三生・ソンジン両九段、関西棋院の結城、坂井九段、勝率第1位に輝いた仲邑信也八段ら。小松、柳、今村九段らは今ひとつ。高尾・羽根は次世代)、「四天王世代」(もちろん、敬吾、高尾、ウックン、羽根。蘇ヨウコク・溝上知親・ハンゼンキ各八段らはもう一息)、そして「新世代」(河野臨、松本武久、井山悠太、黄イソ七段ら、さらに安斉伸彰三段、向井チアキ、シェー・イーミン初段らも加えたい)——といった構図だ。

 今年で3回目の干支を迎える貴公子はこの「中堅」世代に割り込もうと虎視眈々と狙っている。06年の年間成績は12勝10敗と今ひとつだが、昨年は自らの棋風を確立するための大切な雌伏期だったはず。となれば、囲碁界の若返りがどんどん進行するより中高年世代の逆襲があった方が好ましい。人間、あるいは棋士には早熟と晩成がある。貴公子はイケメンの外見からではとてもうかがい知れない意地っ張りな勝負師。遅まきながら自らの碁で四天王世代、いや中国・韓国に挑もうとしているのだ。当面最も近い目標は本因坊リーグ入り。あと2回勝ち抜けば枠抜け戦の権利を得られるらしい。次の相手は石田芳夫24世名誉本因坊(還暦後の尊称)。相手にとって不足はない。存分に猪突猛進して欲しい。寡黙な貴公子は最近の勉強に関してもう一つ味わい深い言葉を語ったのだが、それは次回に。

亜Q

(2007.1.13)


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