カモメのジョーさん

総選挙をめぐる新党結成の動きの中で、朝日新聞記者が相手(長野県知事)に取材しないで虚偽のメモを作り、それに基づいて誤った記事を報道した。朝日新聞社は長野総局のN記者の懲戒解雇、関係管理職の処分などを決めるとともに、箱島元社長が新聞協会長を辞職した。報道機関にあるまじき不祥事だった――などとエラソーなことを書きたいわけでは、もちろんない。

私が関心を持つのは、日常業務が立て混む午後6時半ごろ、総局長に指示されたN記者がわずか10分ほどで「見てきたようなウソ」をさらさらと書き、それが東京本社の政治部がまとめた最終記事に“ほぼそのままの形”で生き残ったこと。そして、記者が作成したメモ(下記)がなかなか迫真の出来栄えだったことである。

記者;県内に足を運ばれたとか。やっぱりお住まいの軽井沢あたりで?
知事:まあね。東京からも近いし
記者;会談日は13、14の土日ですか?
知事;13だったかな
知事;郵便局を守れと言うだけではダメだって言ったんだ
知事;民主党だけでなく、いろいろな政党に知人がいる
知事;亀井さんもいろいろ大変かもしれないけれど、それじゃ負けますよ

なぜこんなことを書いたか。私もN記者と同じことをしているからだ。もちろん、私は記者ではないし、N記者ほどの迫力はない。日頃特に取材をしているわけではないから、新聞・雑誌の記事や棋士、関係者の片言半句などをかき集めてもっぱら想像あるいは妄想をたくましくして“こうならば面白いな”という調子で筆を滑らせる。当然ながら、「事実」と「想像部分」が渾然となる。

当サイトにお越しいただく皆様はこんなことは百も承知。「改まって何を言いたいの」と疑問をもたれるだろう。その答えは、環境活動の“ゴミ分別のお願い”に似ている。本稿を書いている私自身も「どこまで事実だったか」わからなくなったりするから、懸命な読者諸兄はよろしくご峻別のほどお願いいたします――。

閑話休題(またまた、前置きが長くなりました)。

9月17日の千寿会。講師は弟のケンヂさんとジョー兄のコンビ。私は久々にジョー兄に教えていただいた。内容を自己採点すると「75点」程度だが、辛口のジョーには珍しく「何か、今日はやたら出来がいいな」と褒めてくれた。そりゃそうだろう、男たるもの、三日も会わずにいれば目を見張るほど進歩するワイ!

隣で打っていたかささぎさんは例によって進行が早い。得意の厳しい打ち方が1手緩んで攻守ところを変えたらしい。「ここでこっちに打てばこうなって……」と、もう手直しが始まる。連絡しているか切れているか、死活はどうか。言わば、「読みの問題」。ま、参考にならないとは言わないが、今ひとつ面白みに欠けると申しては両氏にあまりにも失礼だったか。

そこへ行くと、私の指導碁は“哲学問答”が主体になる。しかもジョーは最近フランスづいているから、“手談”は自ずとフランス語。序盤早々、2線にハネた手は「コンビアン?」。その石を取るなり攻めるなり、「シルブプレ」。この2線に下がった手は「ケスクセ?」。一団の黒石の「レゾンデトル」は?と、まあ、こんな調子で打ち進むうちに「このあたりはまさにプロ同士で打っている感覚」とジョーがのたもうたほどの私本来の流れになった。シューコー流の手厚い備え、オーメン仕込みのゾーンプレス策戦の相次ぐ炸裂に、さすがのジョーも「コマタレブー」の連続。そして終盤、「ボンジュール」と私が覗いた手は残念ながら最大の悪手になった――。この後を記しても読みたい人はいないだろう。よって、略。

それはそれとして、そう遠くない機会にジョー兄とはアルチュール・ランボーを語り、モーパッサンを下敷きに“チーママの一生”について談論風発することになりそうな予感。

千寿会の後は恒例の19番ホール。これまで酒席には加わらなかったジョーは、最近フィットネスクラブに通い始めたとやらで血色良好、ケンヂさんとともに二次会のカラオケに繰り出した。口開け役はノーテンキ教祖・かささぎさんが定番だが、この日は東大法学部三年在学中の囲碁部女子学生セリナ、それと日本の碁に憧れて我が家にホームステイしている若きDavidがいる。三者の間で激しいマイク獲り合戦が続いた後、やおらジョーがマイクを握る。

歌は『かもめはかもめ』。顔からでは誰も想像できないだろう、ジョーの歌は絶妙なのだ。以前に書いた「棋士の愛唱歌」(当サイト『雑記帳』参照)を一から編集し直さなければならない。確か、ケンモチ・ナオコが流行らせたのは20年以上も昔のはず。ジョーは院生時代に何を思ってこの歌を聴き、歌っていたのだろう。中島みゆき作詞の「鳩にも孔雀にも、まして女にはなれない」とのくだりで私はしびれた。感動のあまり、私はこの歌を“棋士たちの賛歌”として崇め奉ることに心ひそかに決めた。それとも単に、ケンヂさんとかささぎさんの『テレサテン』やら『積み木の部屋』やらを立て続けに聞きすぎて、耳が変調しただけなのだろうか。

亜Q

(2005.9.18)


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