薫和仙人の思い出

 囲碁の故事にしばしば登場する仙人を日本の碁界から探せば、現役なら杉内雅男九段(大正9年9月生まれの86歳)、そして故人なら本因坊薫和こと岩本薫第3期本因坊(明治35年=1902年2月生、1999年に97歳で亡くなられた)だろう。

 この薫和仙人について、日本経済新聞4月9日付夕刊コラム「あすへの話題」で小川誠子六段が、昭和20年に広島市の郊外・五日市町で打たれた第3期本因坊戦3日目(当時は3日制)“8月6日の対局”を紹介しながらこんな風に触れていた。なお、初代算砂以来続いていた旧本因坊制度は昭和15年に本因坊秀哉名人の没後、新制度に生まれ変わり、第1期関山利一(利仙)、第2期橋本宇太郎(昭宇)に引き継がれ、岩本薫老師は後に第3期本因坊に就位して薫和と号した。(以下引用)

 前日までの手順を並べ直した、朝8時15分、その瞬間を迎えたのです。「対局室の窓ガラスが粉々になり、障子と襖が倒れ、ひどい爆風で碁盤の上にうつ伏せてしまった」と岩本先生の著書に書かれています。

 それからが私にとっては心が震える程の話で、何回読んでも胸が詰まります。荒れた部屋を片付け、「何がなんだか判らないが、とにかくこの打ち掛けの碁だけは済ませましょう」と、午後から対局を再開し打ち終えたというのですから、今思えばただ事ではありません。結果は橋本(宇太郎)本因坊の勝ち。

 広島で対局を開催するにあたってお世話になった多くの方々が亡くなられました。命拾いした岩本先生は「いっぺんは死んだ命。今後は碁界の為に尽くそうと人生観が変わりました」と戦後に語っておられる。その後、97歳で亡くなられるまで、私財を投じ、海外普及に尽力された。(引用終わり)

 岩本老師は常々、棋院と一体感を持って行動されたらしい。だから碁界を発展させるために日本ばかりでなく海外にまで私財をどしどし投じたし(南米、北米、欧州に囲碁会館を建設)、柿の木坂の自宅を日本棋院事務所に提供したり、昭和61年(当時84歳)には恵比寿の囲碁サロンを売却して当時の額で5億3千万円の「岩本基金」を日本棋院に寄付したそうだ。

 弟子の養成にも熱心で、福井正明・進兄弟をはじめ、曲励起九段(引退)、梅木英、河野征夫、中村邦子、新海洋子、吉田晴美、さらに初の米国人棋士J.カーウィン(米国で普及活動に従事)ら多数の棋士を誕生させている(敬称略)。

 直弟子の福井正明九段は、「先生の碁は豆まき碁と言われるけれど、本質はすべての石を関連付ける構想力。実利を目指す布石ではなく、戦いを中心にした芸風なので、芸の力はさることながら、気力と体力がよほど充実していないと打てない。実生活でも同じで、先生の“豆まき人生”は世界中にばらまいた囲碁の種子を「普及」という一点に収斂させ、今大きく結実しようとしている」と言う。

 薫和老師の薫陶を受けたのは、直弟子ばかりでなく、小林ファミリーもずいぶんお世話になったらしい。健二さんは老師の話になると胸キュンの昔話が弾むし、覚さんは「老師に最も愛された少年」だったようだ。10歳ぐらいのときに初めて教わって以来、老師の研究会に行くたびに少なくとも1局、多いときは3局も打ってもらって1年ほどの間に4子から先二まで100局を優に超えたらしい。

 「老師から得たもの」は人によって微妙に異なるようだ。直弟子の曲九段は「師匠は日本棋院の中枢にあって多忙だったので、あまり打ってもらったことはない。しかし、私が力碁と言われるのはやはり先生の影響を受けたのだと思う」。一方、覚さんは「私の碁の形成過程において、岩本先生の碁の影響は非常に大きい。私の碁はたまたま、明るいとか、バランスがいいとか、後半の攻めに強いと言われるのも、これだけの局数を打っていただいたおかげです」。時代が違うとはいえ、やはり覚さんは老師に愛されていたのだ。

 今考えれば実に幸運なことに、私も一度だけ老師にお目にかかる機会を持った。今から10年以上前になるかもしれない。渋谷でばったり出会った学生時代の親友(当時、私に5子置かせていつもボコボコにしてくれた強豪)に東急の何とかビルの中にあった「福祉囲碁協会」に連れて行ってもらったところ、たまたま老師がボランティア活動をしている協会のアマ棋士たちを相手に指導碁を打たれていたのだ。姿はどこにでもいるような小柄な好々爺。でも盤上では、私が見た限り、すべて相手を粉砕していた。そう、まさに「地上に舞い降りた仙人」だった。

 指導碁がひとしきり終わると、缶ビールとピーナッツとかせんべいなどの乾きものをつまみに談笑。世界の囲碁界の大貢献者が何と気さくなことか。当時私は碁にのめりこみ始めたばかりで碁界のことはあまり知らなかったが、初めて会ったばかりの老師を心から尊敬した。

 文頭で触れた小川プロのコラムには「岩本先生の言葉の中で私が最も好きな言葉」として「五持つ」が紹介されている。

 人生は「五持つ」があれば幸せ。「健康を保つ」「目的を持つ」「趣味を持つ」「友を持つ」そして「お金を持つ(少々)」——。

亜Q

(2007.4.16)


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