報酬格差

フランスの天才数学者(哲学者でもあったらしい)、H.ポアンカレが予想した超難問「三次元閉多様体の謎」をロシアの数学者が100年後に証明したらしいとの記事が5月3日付朝日新聞に掲載されていた。米国の数学研究所が100万ドルの賞金をかけた7つの“ミレニアム問題”の1つだという。

ミレニアム問題のうち、「4色問題(4色あれば、平面上のどんな地図も隣り合う地域が同じ色にならないように塗り分けられる)」「フェルマーの最終定理(nが3以上の自然数のとき、Xのn乗+Yのn乗=Zのn乗を満たす自然数X、Y、Zは存在しない)」は解決済みとされ、「双子素数の予想(差が2となる二つの素数のペアは無限に存在する)」「ゴールドバッハの予想(2より大きい偶数はすべて二つの素数の和で表せる)」「リーマン予想(“ゼータ関数”の値がゼロになる点について)」などは未解決なのだそうだ。

てなことを新聞から丸写ししても、もちろんちんぷんかんぷん。ご明察の通り、私の関心はすぐに賞金額に飛ぶ。こうした魅力的で美しい数学難問は腕(頭ですね)に覚えのある世界の数学者たちの前に100年から300年もの間立ちはだかってきたのだから、解いた人は何世紀に1人という大天才。孤高の数学者にとっては「カネより栄誉」かもしれないが、それにしても100万ドルとは小額過ぎないだろうか。

プロ野球選手の年俸を思い起こして欲しい。労働組合プロ野球選手会が5月1日発表した球団別年俸(一軍)はトップの巨人が1億円超、最下位の楽天は3000万円ほど。これは平均だから数億円の年俸を得る一流選手がざらにいるわけだ。メジャーリーグの松井、イチローあたりになると10億円を突破するらしい。

一方、産業界の社長の給与は一部のオーナー社長を除くと一流企業でほぼ数千万円。日本国の首相より高額報酬を得ている人がたくさんいる。とは言っても、普通のサラリーマンでも2千万円超の年俸を得ている人はかなり多そうだから、日本は格差が少ない国と言えるかもしれない。

傑出した人材への報酬はどのぐらいが適正だろう。本来なら、本人の才能と努力に対する「凡人との格差」が目安になるのだろうが、資本主義社会の中では運不運(あるいは需要と供給などの時流の要素)もかなり効いてくるから一筋縄ではいかない。例えば同じ格闘技でもボクシングと柔道、球技では野球とバスケットボールを比べればずいぶん違うことがわかる。いずれもアマがプロに勝つことはあり得ず、超一流になるには大変な資質と努力を要するのだろうが、ずいぶん待遇に差が生じている。もっともボウリングのようにアマとプロとの差が少ない競技の報酬はそれほど多くするべきではないだろう。

「凡人との差」に着目すれば、ノーベル賞でも物理、化学、医学などには高額賞金を与え、「経済学」は中ぐらい、「平和賞」は小額としたい(これは個人的な好みの問題かもしれないが)。物理や化学でも先輩や同僚研究者が築き上げた業績を踏まえて成果を挙げるのだから(アインシュタインの相対性原理もその一例だとノーベル賞学者の小柴俊昌氏も言っていた)、栄誉とともに現在の数千万円ぐらいが適正かなという気もする。

さて、ようやく「棋士」にたどり着いた。日本の囲碁界を見ると、毎年安定して超一流の座にあるのは四天王をはじめ、依田、覚、チクン、ユーキ(敬称略)ら10人少々か。中国、韓国、台湾などのトップクラスを加えてざっと50人程度が「世界一」を勝ち取る候補だろう。もっとも、全世界のプロ棋士および予備軍を含むざっと1000人ないし2000人の実力差は紙一重で、「誰に負けても不思議ではない」のが棋士の世界。ザル碁レベルならちょっとした資質と努力で大きく差がつくが、一流になるほど競争が激烈で差もつきにくくなる。0.1秒でしのぎを削る100メートル競走に近いかもしれない。

そんな状況の中で日本棋士の報酬額はどうだろう。この際、「平均年俸」については無視して、超一流の年俸はごく一握りの棋士が1億円を少し上回り、その他トップは大企業の管理職程度か。努力や才能に対する報酬の恵まれ方で職業の有利・不利をはじくと、「野球よりはるかに不利、バスケットボールより多少まし」ぐらいかな。もちろんこれは、トップを張っていられる年数や、絶不調に陥った際の保障なども考え合わせないといけないが。

ま、言い出しておいて無責任なようだが(いつものクセ)、この話は私には難問過ぎる。このあたりでお開きにして、お好みサイト「Voice of stone」にいつぞや紹介されていた数学オリンピック金メダリスト・児玉大樹さんの話を引用させていただこう(科学朝日 1992.10)。 それによると、大樹さんは. 中学二年に囲碁部に入り、高一のとき団体戦で全国準優勝。当時の実力は六段。 囲碁と数学の共通点は、「直観と正確な論理展開を必要とするところ」、将来やりたいことは「金が儲かりラクである、この2つを満たすことなら何でもいい」と答えている。そのほか、こんなこともーー。

● 問題があるからそれを解く。新しい論理を展開するのは苦手。答えがあると気楽。
● 大学で囲碁はやらない。夏はテニス、冬はスキーなど遊べるクラブに入る。
● 勉強時間とテレビ見る時間だったら、テレビが10倍くらい多かった。

ウーム、さすがは天才、しかしもったいない(これは私の独り言)。碁聖・本因坊秀策を幼少の頃から庇護したと言われる「三原の殿様」のような御仁はおられんかのう。でも児玉君はもう遅いか。同サイトを主宰するhidewさんが予想されたように、今ごろ彼は財務官僚にでもなっているのだろうか。

亜Q

(2006.5.7)


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