突撃!ずっこけインタビュー その3

由香里姫
由香里姫

ご存じないだろうが、こう見えても私は人一倍デリカシーに富む男だ(ただし古女房だけは断固として認めてくれない)。一方的に棋士を直撃し、こんなことをへらへら書き散らしているうわべの姿から、さぞやノーテンキな男とあきれられているだろうと思うと無念の涙がはらはらとこぼれるが、実はその通りなのだ。

実行したかどうかは別にして、私は若い頃から勤勉と禁欲を大切にしなければと思ってきた。しかしとんでもない、自分は本質的に遊び好きで享楽的な人間だということに気付いた(このあたりは、民俗学者の石毛直道博士と全く同じなのだ)。今や「おもろいこと」を最優先して、「うれしさ」(報酬)を表現する物質であるドーパミンを脳の中に放出することのみが楽しくて生きているようなものだ。まさに「快楽主義者」そのもの。しかし、世に言う「快楽」は食とか性とか、ほとんど紋切り型だが(このくだりは脳学者の茂木健一郎氏の受け売り)、私の場合は碁という至高の知的文化を対象にしているのだから、大いに自己満足できる。

とまあ、こんな勝手な根拠を築いて私の“突撃”は続くのだが、この人を前にしてさすがの私もためらった。悩みの種は小川誠子姉上。本サイトで私は彼女を“カマトト姉”と呼んで、良識ある方々の顰蹙を買ったままになっているからだ。知らぬ顔を通して近づかなければ平和が保てるのは先刻承知。しかし迷ったときは前向きに行動する方が男らしい。「あの〜、私はあなたにお詫びしなければいけないのです」と蛮勇を振るって彼女に話しかけた。顔はにっこり、でも心のうちでは葛藤がドロドロ渦巻いている。“男らしい”などとは手前勝手で自意識過剰な独善美学ではないか、そもそも詫びる風情で図々しく近寄るいけ好かない勘違いオジサンにみられてしまうのではないか――。

案の定、誠子姉上はどこかの馬の骨を見るような訝しげな目つき。思わず私は早口になる。「実は私は囲碁関連のインターネットサイトで、誠に失礼ながらあなたを“カマトト姉”と呼んであなたのファンの方からきついお叱りをいただきました。でも、これには二つの伏線がありました。一つは碁界の歴史に残るべき“稀代の警世の書”『石心の譜』で先生が自らはあくまでも黒子に徹し、当時気鋭の生意気盛りだった若手棋士の特徴を巧みに引き出されたこと、そしてもう一つは先生のご主人である山本圭さんがどこかに書かれた「私の奥さんは知っていることでも知らない顔して見事に聞き役に徹する」とのあなたへの評価です。でも、お気に触るとすれば二度と使いません」。

これだけしゃべるのに、私はびっしょりと汗をかいた。しかし誠子先生はまだ全貌がおわかりにならないみたいでニコリともされない。「何を言いたいんだ、この変なオジサンは」と目が語っている(でも、なかなか可愛らしい目ではあった)。こんな時はDavidだ。「ここに控えるのは日本の文化、特に碁に憧れてこの8月末にスイスから来ました。彼は先生のような美しい大和撫子がキモノ姿で対局する姿を見たいなどと生意気なことを抜かしているのですが、正月になれば見せていただけますか」と問い掛けると、私ではなくDavidに向かってオホホと優しい笑顔を見せてくれた。持つべきものは若い男友達だ。誠子先生はわだかまりが取れた表情でDavidにサイン。私は深く安堵し、ようやく心のしこりがほぐれた。

ふと見れば、『石心の譜』の主役の一人、イッシー(言わずと知れた石田芳夫24世本因坊)が通りかかる。「先生の泣き顔を見て感動しました」と私はまた言わずもがな。怪訝そうな顔を向けられ大急ぎで「ハンス・ピーチの追悼式の時です」と答えると「そんなことあったかなぁ」とオトボケになる。「ホラ、衝立の隙間から覗いておられたでしょ、目をウルウルさせて。私もその時、隣で覗いていたのです。私は千寿会でハンス先生に何度か教えていただいた不肖の弟子ですから、24世本因坊の涙を見てとてもうれしかったです」と伝えると、いつの間にやら「棋士会長」の名刺をいただいていた。

さて、もう一人、どうしても話しかけたい方が残っている。今最も忙しい棋士、碁を知らない子供からも慕われる梅沢由香里さんだ。私はだいぶ前についでもらったまま気が抜けたビールをぐいと飲み干し、姫の御前に参上する。

私「このたび開設されたブログがなかなか評判がよろしいようで」
姫「ウフフ、ありがとうございますぅ」
私「電車の中でもケータイから入力されて日々こまめに更新されている姿勢が好もしい」
姫「ウフフ、何だか習慣になってしまいました」
私「何しろ、コンテンツが素晴らしい。“鼻の穴が大きい”とか “猫背”だとか、自虐的な記述にはほとほと感心かつ仰天いたしますた」
姫「ウフフ、でも本当に悩んでいるんですよ〜」

異変はこのとき勃発した。さっき一口でかっこよく飲み干したビールが我が器官にうずくまっていたらしい。予告もなく私はそのすべてを細かい霧状にしてぶちまけてしまったのだ。霧爆弾の照準は、姫の整った顔面と痩身をきちっと決めたパンツルック。幸い、私自身には一滴もかからなかったようだが。私はスヌーピーのハンカチをのろのろと差し出すが、姫はキャッキャと言いながらも自分のハンケチで手早く拭き取る。うーむ、いかにも家事にこなれた主婦らしい手際良い手つき。

思わず白魚のような指先に見惚れていると、中央舞台から大竹総帥が姫を呼んでいる。これから始まる棋士紹介の司会進行役に指名したらしい。姫は何事もなかったように舞台に向かうと、さっそく流れるような名調子で3、4人ずつ紹介していく。満身に私のしわぶきを浴びたせいなのか、心なしか水を得た魚のようにひときわ輝き、うきうきしたように見えるではないか。私は深く安堵し、同時に鋭い不安が胸をきりきりと突き刺すのを感じる。美女を陵辱する喜びに目覚めてしまった明日からの自分が怖い――。

亜Q

(2005.10.16)


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