「神舟」と「はやぶさ」

この10月、中国が無事に帰還させた有人宇宙船「神舟(しんしゅう)6号」について日本人はどんな印象を持つか——。10月31日付の日本経済新聞が面白い調査結果を掲載していた。

それによると、「日本が今なお中国にODA(政府開発援助)を供与しているのはおかしい」が50%弱で最上位。次いで「中国にそれほど技術力があることに驚いた」が40%ほど。「軍事に転用されないか心配」が35%、「中国国内に多くの貧困層がいるのに不可解」が32%、「中国の躍進を象徴する出来事」が30%、「日本は宇宙開発で中国に大きく水を開けられた」が26%、「米国を刺激することは避けられない」が11%、そして表示された8番目の項目に「日本も対抗して宇宙開発に力を入れるべきだ」が7、8%(数値はグラフからテキトーに目分量で算出)。

この調査は、「首相の靖国参拝は日中の経済関係にどんな影響を与えると思うか」「現在の日中の経済関係についてどう思うか」という2つの設問とセットにして、日本全国の20歳代以上の1033人を対象にインターネット調査したもの(複数回答)。靖国参拝の影響は「相当マイナスが大きい」が30%弱で「影響はごく軽微」が62%、日中経済関係については「互いに依存し合っている」が56%強と大勢を占めた。

「神舟」の成功に対する日本人の印象は、どちらかと言うと「冷ややかさ」が垣間うかがえるような気がするが、本稿をまとめた記者はむしろ中国側の事情を深読みする。「中国は共産党独裁政権に対する民衆の支持をつなぎとめる手段として大国意識の高揚してきたが、(好むと好まざるに関わらず)自らがつくった大国イメージの大き過ぎる効果と向き合わなければならなくなった」と想定し、「日本には大国中国への警戒、不信、誤解が広がって日中関係をことさら複雑にしている」と説く。

『NEWS WEEK 日本版』の名物コラミスト(副編集長)、J.ワグナー氏はこんな見方をしていた(10月26日号)。「隣国の“偉業”にもっと焦ってもよさそうなものだが、日本の反応は驚くほど冷静。中国が初の有人宇宙船を打ち上げた2年前より日中関係が悪化していることを考えればなおさらだ。もしアメリカが同じ立場に立たされたら、48年前にソ連がスプートニクを打ち上げた時と同様に、政治家や評論家たちがこぶしを振り上げてなぜアメリカが出遅れたのかを問い詰めるだろう。しかし日本は、“大人の行動”を選んだ」と。

日経の調査と関連して、日米二人の記者の見解がどの程度正鵠を射ているかはわからないが、「宇宙開発」を「囲碁」に置き換えたらどうなるだろう。中国だけでなく韓国も含めて、「“国威発揚”意識がやたら強くてやや辟易する」などと本音っぽい「冷ややかさ」を前面に出せば、国際戦でなかなか勝てない負け惜しみと受け取られるかもしれない。個人的には「人知の粋を求めて(ちょっと大げさかも)互いに切磋琢磨するのは大いに好ましい」と鷹揚に構えたいのだが、これはこれで、歯の浮くような奇麗事(ごたく)を並べるノーテンキ・オヤジとお叱りを受けるかもしれない。

もう一度、ワグナー記者の日中観をひもとこう。ただし一言前書きを入れれば、彼は首相の靖国参拝に関して「小泉首相はかたくなに筋を通そうとせず、隣国に配慮してもっと大人の選択をすべし」とも説いている。原則や建前よりも自他共に納得できる実際的な手段に価値を置く立場のようだが、私には難しすぎてその当否はわからない。

「日本はノーベル賞の獲得や国連安保理事会常任理事国入りに関しては世界と肩を並べたがっている。宇宙開発にも同様の政治的熱意(と資金)があれば、有人宇宙旅行は短期間のうちに可能。だが日本はこれまで“クラブ入り”を避けてきた。それが国防と同じように独自の取り組みを可能にしている」。

「一方、宇宙と政治が絡み合っている中国はどうか。日本が小惑星探査機“はやぶさ”のように魅惑的な最先端の科学プロジェクトを追及できるのに対し、中国の開発プロジェクトはプロパガンダの役割を課せられている」。

「神舟6号の打ち上げも、科学的な価値は非常に限られている。しかし共産主義国家の指導者にとっては愛国心を養う有益な手段。中国の指導者は、愛国心が共産主義のイデオロギーの衰退に歯止めをかけると考えている。宇宙での直接対決を避けた日本の決断を、国威喪失だとか、アメリカの“子分”に甘んじている証拠だと批判する人もいるだろう。しかし私には(日本が)とても正気に映る」——。

さて、ようやく私もくちばしを挟める。要するに、「覇道より王道」(なんて言えば、冷やかされるのは覚悟の上)。国際戦に勝てばもちろんうれしいが、勝負そのものにはあまりこだわりたくない。そもそも、勝ち負けを最上位の目標に置けば碁の打ち方を自ら縮めることになりはしないか。「大勝負に名局なし」とも言われる。碁は勝ち負けよりも内容だと心底思う。お前に何がわかるかと半畳を入れられれば答えるすべもないが。

日本に比べて国家的に強化計画が進んでいるように見える中国や韓国に勝つのはたやすいことではないが、それで手を拱いていて言いわけではない。全力を尽くして努力すべきなのは言うまでもないが、それ以上に、囲碁を育み国際的に発展させていく拠点(メッカ)として日本が貢献することを考えるべきではないか。「日本棋院の殿堂」ではなく、「世界の碁の殿堂」を日本につくりたい。政治や国家を離れて、純粋に「人類全体の碁のために」文化遺産を守ろうと言えるのは、やはり日本だろう。

では、なぜ碁なのか。ここは囲碁サイトだからその説明は省かせていただこう。ただ参考までに、よろしければ昔書いた「国技としての碁」「碁の本質ってなんだ」などを眺めていただければ幸いです。

亜Q

(2005.11.8)


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