富士通杯・ドア越しの対局風景

富士通杯本戦第1回戦8局は日本棋院3階の対局場をぶち抜いた大広間で行われた。企業主催の公開競技とは言え、もちろん関係者以外は立ち入り禁止。以下はエレベーター前の二つのドア越しに垣間見た対局風景レポート(敬称略)。

向かって左側手前から高尾ーアギラール、覚ー黄、二つ飛ばして奥に依田ー常、チクンー古力、右側ドアに向かって加藤ー゙、羽根ー崔。昼の打ち掛け(12時半)直前の時点ではまだのんびりしたもの。依田、常は入れ替わるようにトイレへ立つが差し迫った様子は全く感じ入られない。チクンの頭髪もまだ逆立ってはいない。最長老の加藤は会場内をきょろきょろ。日本棋院副理事長として、万遺漏がないかどうか確認しているようにも見える。羽根は初出場ながらいつもと変わらぬ行儀よい対局姿。秀才が一人余裕の受験勉強にいそしんでいるようだ。羽根と並ぶ初出場組の高尾も普段の顔。二日前に十段戦第3局で痛い星を落とした余韻は微塵もうかがえぬ。案外勝負根性が座っているタイプらしい。

そして覚は小首を左に少しかしげ、扇子を口元に寄せて考えるのを楽しんでいる風情。ドア越しにエールを送る私に気が付いてチラッと微笑んだように見えるが、これは私得意の錯覚・自意識過剰だったかもしれない。

二回戦組み合わせ抽選会
富士通杯二回戦組み合わせ抽選

午後2時半に大盤解説が始まると、一、二の対局で勝敗の帰趨が見えてくる。素人目にも危なげなさそうなのが高尾。左側ドアに最も近い位置、しかもドアに向かって座っているから、アマが覗き込む姿をちらちら眺めやる余裕を見せる。そして覚は、黒模様だった右辺に手を着け、黒に下辺3線を渡らせて右上三々にコスンだ手つきが「勝ちました」。高尾、覚、二人とも相手の長考に寸考で応える。3時間の持ち時間をかなり余らせたに違いない。

一方で、チクンはハンカチ噛み締め怒髪天を突く。依田ー常は互いに頭をぶつけ合わんばかりに盤上に乗り出し、戦いはまさに佳境を行く。中盤まで白の常がややおもしろそうだったらしいが、後半のヨセであちこち黒が寄り付いている様子だ。アマの碁敵同士を彷彿とさせるのが加藤ー゙。゙は椅子の上に器用に胡坐をかき、加藤は両足を小刻みに貧乏揺すり。アマなら「もう諦めたら」とか「うるさい、まだまだ」などといったザル碁アマのやり取りが聞こえてきそうな感じ。碁は残念ながら、加藤がどこかで逆転されたらしい。

戦いが終わって最後は二回戦の組み合わせ抽選会。同国代表同士が当たらないように配慮されているから、現在の世界二強と私が勝手読みしている李昌鎬(イ・チャンホ)や李世石(イ・セドル)四段(共に韓国)に誰が当たるか。ところが勝ち残った棋士は案外平然としている。唯一のアマ李庭訓(北米)が李昌鎬を引き当てたとき、会場からわずかなため息が聞こえた程度だ。勝負師たる者、誰と当たっても勝つつもり。ファンの目の前でオタオタしても仕方がないといったところか。

覚の相手は朴永訓(パク・ヨンフン)三段(韓国)。2001〜2年の韓国天元戦を連覇した18歳の昇竜。富士通杯に初出場した昨年、いきなり胡耀宇(フ・ヤオユ)六段、兪斌(ウィ・ピン)九段といった中国強豪を連破し、準々決勝で王銘宛九段(日本)に敗れて堂々のシード組。楽観は許されないが、「年少者には負けない」と宣言した覚をしっかり見守ることにしよう。

亜Q

(2003.4.13)



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