高校無料化

政権交代が実現して数ヶ月、鳩山首相をはじめ民主党議員の面々の奮闘ぶりが目を引く。閣内の意見がばらばらだったり、官房機密費(報償費)のように初めの意気込みが尻すぼみになったり、お疲れ気味の方が目立ったり、やたら忙しそうな方と暇を持て余されているように見える方が混在したり、あぶなっかしい感じもするのだが。

特に気になるのは、マニフェスト至上の姿勢。「公約が実現していないと国民が感じ始めたら即、民意を問いたい」と鳩山首相は不退転の意志を訴えるが、これってまさに「マニフェストありき」。かなり原理主義っぽくないか。頭が固過ぎないか。

選挙で圧倒的な議席を与えたとはいえ、国民は民主党が掲げたマニフェストを何から何まで賛同したわけではないと思う。むしろ、長年政権運営してきた自民党の驕りに厳しく「No」を突きつけ、日本の政治をいったんリセットしたかったのだろう。

沖縄の米軍基地、八ツ場ダム、暫定税率、高速道路、子育て手当て、年金、郵政改革、いろいろな分野で新味のある政策を並べ立てているが、これまでの経緯や財源との整合性があるのか、そもそも民意を得ているのか、私にはどうもわからない。

例えば「高校無料化」。高速道路や子育てと同様、ご利益を得られる当事者なら喜ぶかもしれないが、公正な政策かどうかとなると疑問がある。日本の国技、大相撲のある親方が言っていた。力士を志すなら義務教育を終えてすぐに弟子入りしたほうがいい。高校程度の読み書きや社会常識は相撲の修行を続けながらでも十分身に着けられる。リスクの大きい職業選択をして、高校無料化のための税金を払い、修行する自分たちには何の見返りもない、というのでは不公平ではないかと。

学歴は結婚や子供を持つかどうかと同じように個人のライフスタイルの問題。学問に向いているけれど困窮しているために進学できない人を奨学制度などで支援するという、選択肢を広げるための政策は結構だが、何も一律に高校無料化を打ち出す必然性はないように思える。そもそも、数学や物理のような学問では特に優秀な子供には既成の高校の枠を超えた“私塾”的な育成の方が本人のためにもなるのではないか。もちろん、凡夫の私には、舟木和夫やペギー葉山が歌った「高校三年生」や「学生時代」の頃が懐かしかったりするのだけれど。

実はこの話、棋士にこそ最も当てはまりそう。今では高校・大学卒の棋士も多くなったらしいけれど、高校・大学への進学は言わば「含み」を重視して決定を先延ばしする方法。これに対し、手段を絞り込み、言い換えれば捨て身の姿勢で、難しい目的に挑戦するのも一つの選択だと思う。進学を断って困難な道で職を得、若い頃から税金を払い始める人には、高校無料化は愚策に映るかもしれない。

亜Q

(2009.11.9)


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