トッププロと十番勝負〜かささぎさんのノーテンキな初夢・その1

 我が好敵手かささぎさんが「“初夢”を見ましたよ〜」と、両手を羽ばたかせて走り回っている。初夢と言えば、通常は正月元旦か二日に見る夢だろうが。彼は「早く来い来いお正月」と念じて、二週間も前に見てしまったらしい。めでたさを通り越して何ともおめでたい限りだが、そんな愚かしさの中で営まれる人間の生態にも好感を抱くのが懐深い私。静かに聞き役に回るのだ。

 堰を切ったように早口の関西弁で彼は語り始めた。夢の中で「石の囁きが聞こえるようになった」とけったいなことをぬかし、突然碁が強くなったらしい。読むのではなく碁盤の表情を感じ取り、石が打って欲しいと囁く着点に石を置いていくだけ。それで連戦連勝。突如トップアマの大会で無敵の強さを見せ始めた彼に、囲碁専門誌やテレビが新進気鋭の若手プロとのお好み対局を仕掛けたらしい。イズミ、ヤッシー、ガンモ、カナ、イノリン、チネリン、ユカリ、そしてマゾガミ、ジロー、スジュン、ソヨーコク、関西のサカイ、セト、イヤマ、中部のヨーヘー、どんな刺客が来ても返り討ちにする。ケビン・コスナーだったか長嶋一茂だったか、ごく普通の中年男が突如野球に目覚めて大打者をばったばったと打ち取る映画ビデオをちょっと前に見て即、感化を受けたらしい。

 そしてとうとう、大新聞社がトッププロとの十番勝負を企画した。破格の対局料との噂だが、彼はいつもの悪い癖。「そんなんどうでもよろし、ボクはただひたすら碁を打ちたいだけなんやから」などとすぐ格好をつける。それとも予防線を張っているのか。しかも夢の中で観戦記者を務めるのは私(亜Q)なのだそうだ。「君にはこの十番勝負のすべてをきちんと伝える義務がある」とか言って自分の引き立て役にしようとする。「トッププロに対する必勝法を伝授してやるから」と恩に着せるのだが、それより私はうまい酒をたらふくおごってもらいたいのだけど。

 一番手はいきなりチョーウ。本因坊・王座の二冠を制して今最も打てている一人。このチョーウにかささぎさんは一風変わった打ち方を見せた。無条件活きの石をわざと劫形にして問題をわざわざ大きくしていく。読みの鋭さでは当代一と言われるチョーウはもちろん喜んで応じる。本劫、ヨセ劫、二段劫が盤上狭しと繰り返される。そして案の定、二百手を超えてごく珍しい三劫が勃発。三劫と言えば、後に本因坊算砂となる日海上人と鹿塩利玄が寂光寺で闘った碁が有名。両者の勝負を見守った信長が翌日明智光秀に殺される不吉の徴とされた故事がある(林元美の創作らしいが)。かささぎさんはそんなことには無頓着なノーテンキが取り柄。このまま劫を順番に取り合えば打ち直しになるが、少しもあわてず二つの劫を譲る。若いチョーウは老練なかささぎさんの挑発に乗って、いつしか大好きな劫に勝つことだけに集中してしまったらしい。すごい振り替わりの挙句に数えてみれば半目。かささぎさんが見事に勝ち切った。

 鳴り物入りの企画だけに、なるほどメンバーは豪華だ。二番手はケーゴ棋聖。がっぷリ組んだ力勝負ではおそらく無敵だろう。ひところの曙、武蔵丸のようなケーゴを向こうに回して、かささぎさんは舞の海に変身した。何しろ、絶対に胸を合わせない。ここと思えばまたあちら、スルリスルリと体をかわしながら盤上忙しく立ち回る。ようやくケーゴの手がまわしにかかった瞬間、内懐にもぐりこむと見せて、肩透かし一閃。これが見事に決まってかささぎさんの中押し勝ち。

 次はそのケーゴを相手に天元位を死守したばかりのハナネオキ。先番を当てたかささぎさんは迷わず高中国流の布陣。この構えは父親のタイセー九段の十八番。息子(つまりネオキ)の嫁はんのミズ・シゲコを聞き役に講座やビデオで売りまくった戦法だ。ネオキはいかにもやりにくそう。勝つと思えば丹精込めた父親の戦法を粉砕しなければならない。しかしそれでは親孝行の道が立たぬ。人生最大のジレンマに陥った彼はなすところなく敗れ去った。

 若手四天王の最後の砦として登場したのがタカオ。相手に遅れても平気の平左で本手を打ってじっくり待つ。解説役のオーメンが「ボクにはとてもこんな悠長な手は打てない」とさじを投げる遅攻派の代表格。先行する相手はしびれを切らし、ついつい後ろを振り返ってけっつまずいてしまう。最近ではNHK杯でカトー、王座戦でリューを相手にこの遅攻流で勝ち切った。今の賢い若者を象徴するようなこのタカオを相手に、かささぎさんは第一着を天元に滑らす。そして終始相手の着手に追随していき、「お先にどうぞ」の姿勢を崩さない。タカオはいつもと勝手が違ったらしい。時間を使いながら未開拓の着手を創り出していくが、決定的なリードを奪えない。最後は天元の石がものを言って、かささぎさんがぴったり逆転した。

 前半戦の最後に仁王立ちしたのは、相手が強ければ強いほど隙のない強みを見せるヨタロー名人。さすがのかささぎさんもメッキがはげたか。序盤からヨタロー好みの展開を許してあっという間にたっぷり20目ほどの差をつけられてしまう。ヨタロー名人のギョロ目はいつしか影を潜め、頬にはかわいらしいえくぼが絶えない。たっぷり時間を残した彼は相手がなかなか投げないのを見て、ふっつり姿を消す。関係者があわてて探すと、何と風呂に入ったまま寝込んでしまったらしい。和服の正装から寛いだ浴衣姿で戻った彼は以後の着手をすべてノータイム。湯冷めしたのか風邪気味の鼻をくしゅんくしゅんさせながら難解を避けてどんどん譲る。そして終わってみると、何とかささぎさんが半目余したではないか。「ボクが悪かったの〜ぉ?」ーーヨタロー名人の悲鳴が会場の旅館中に響き渡る。どうやらかささぎさんは、昔懐かしい力道山の空手チョップの前にひれ伏し弱々しく許しを請う悪役プロレスラーを演じたらしい。そしてヨタロー名人持ち前の楽観と油断をたくみに誘ったのだ。

 見事五連勝を収めて、かささぎさんは差し出されたマイクをわしづかみにしてほえまくる。「イズミ、ショーコ、シゲコ、なっちゃん、サッチー、ボクを恨まんといて〜。碁は強いものが勝つゲームなんやで〜!」。そう言えば昔、学生時代の彼は「ハンダイ一のフェミニスト」と自認していたそうだ。(つづく)

亜Q

(2003.12.20)


もどる