猛父健在・その2

小林正義氏とK
小林正義氏とK

「お父さんに3子で1勝1敗とはすごい」――健二さんは父親を「お父さん」と呼ぶ。 「アマが相手ならお父さんはしばしばプロより1子多く置かせて打った」そうだ。 以前、私は研究会の決まりに従って3子置いたが、本来なら4、5子が妥当だったかも。 確かにプロはアマ相手の指導碁で無理手や変則な手を打ってまで勝ちには来ない。 しかし正義氏は同じアマをすべて自分のライバルと見なして常に最強の手段を講じる。 相手が年下だろうが碁歴が若かろうが、たおやかな女性だろうが、一切斟酌はしない。

正義氏は寡黙な人である。にこりともせず、しかめ面眉毛の怖い表情を終始変えない。 この点で、千寿、健二、覚の兄弟は誰も父親に似ていない(ことにしておこう)。 私は内に闘志を押し隠し、軽く礼をして第1着を右上隅小目に石を滑らす。 と、白第1着はノータイムで天元! つい顔を上げた私に正義氏はそっぽを向く。 ここで驚いては男がすたる。白番天元は最初から旗幟鮮明にしてくれるだけ有難い。 私は予定の秀策流布石を捨てて、右下星に。臨機応変を知って私は一皮向けたのだ。

白第2着は左上目ハズシ。ならば私は左下を高目。四隅の石がすべて異なる配石になった。 続く白6は右上小目の黒へ2間高ガカリ。私は手を抜いて左上目ハズシの白に高いカカリ。 将棋で言えば手将棋の感覚だろうか。正義氏はまず見慣れた手を打ってくれない。 以下、互いに反発し合ってさらさら進むが、途中で白に大緩着があったらしい。 白に六線のダメ場を走らせ、黒は四線の実利を得ながら追う理想的な展開になった。 この辺から正義氏は寸考を重ね始める。ああ、この姿をどれほど見たかったことか。

実利で差をつけ厚みも決して負けていない。私は余裕を得てしみじみと充実感を味わう。 お年寄をあまりいじめるのもいかがなものか。盤面10目ほども余せば十分だろうーー。 年年歳歳、花は変わらずとも人は変わるのだ。ひとえに、千寿会での修行の賜物だ。 と、白は下辺の私の金城湯池に殴りこみを断行。なるほど、しかし私に対策はある。 一方を固め、火中に迷い込んだ白石をにらむ。案の定、重く動き始めた白は絶好の目標。 ところが白の次の強手を私は軽視していた。黒も分断されて局面は一転して闇仕合模様。

大石の攻め合いに持ち込まれて、黒は不本意な妥協を重ねる。それでも形勢は悪くない。 しかしここから正義氏は夜叉に変身した。何と、私の大石を攻めようというらしい。 ツケギリ、ツケコシ、二段バネ、アテコミ、ワリコミ。よくもまあ、次から次へと……。 いつしか黒石はよれによれて、白ツケ1発で哀れなダメ詰まり。私は静かに頭を下げた。 ところが正義氏は私に投了させてくれない。こう打てと石を置き直し、再び攻めまくる。 安曇野から駆けつけたM氏が私の応援に回る。こちらは二人がかりで阿修羅の応戦。

何度並べても黒はうまくいかない。置き直すごとに正義氏は冴えまくり、すべて撃破。 まさに正義氏の真骨頂。ついに彼は黒と白の両方の石を持って最善を探し始める。 何やら複雑怪奇なコウ争いになるが、ここでもコウ材が黒に悲劇にできていた。 え〜えっ、もう結構、完膚なきまでにやられました。いったい何通り検討しただろう。 私以上に熱くなったM氏と二人合わせて、延べ10局分ほどたっぷり負けた気分だ。 ここで初めて正義氏はにっこり。男親の血を引く誰かさんに生き写しの表情で。

今さらのように思い出す。眼前の人物は傘寿を迎えた好々爺なぞではなかった。 呉と共に新布石を創造した大木谷から入門を薦められた逸材、県代表経験者。 彼が子供達を鍛える様は、碁界の“星一徹”と言われた超変人、超異才――。 「父から逃れる最善の1手がプロになることだった」とは、冗談より本音に近い。 碁の才能は4人兄弟等しく分け与えられたとして、あくなき棋理追求魂はSさん、 容貌はCさん、そしてKさんは母親の美点をたっぷりと受け継いだに違いない^^。

K

(2002.4.17)



もどる