人間vsコンピュータ

楽しみにしていたナイター中継がわずかばかりの雨で中止!幸薄く老いさらばえ行く我が虚ろな心を埋めてくれるものはないか――。と、意外なところにネタが転がっていた。4月1日発売の『週刊ダイヤモンド』(4月6日号)。「将棋電王戦開幕~人間vsコンピュータ」と題する特別対談に6ページもつぎ込んでくれた。この3月にスタートした現役のプロ将棋棋士とコンピュータによるガチンコ勝負を舞台に、「飛躍的な進化を遂げるコンピュータに対し、日本最高峰の頭脳集団が勝てるのか。主催するドワンゴの川上量生会長会長と将棋界最多の83タイトル獲得者(2位は故大山康晴氏の80)羽生善治三冠が将棋とITの進化、そして経営を語った」との前口上だ。

同誌は『日経ビジネス』『東洋経済』と並ぶれっきとした経済誌。編集方針からやや逸脱した企画にも見える。一方のドワンゴは動画共有サイト「ニコニコ動画」を運営するIT産業の旗手の一角。同社をスポンサーとするコラボ企画(アドバテリアル=広告体記事)の体裁を採りつつ、未来の経済・経営の方向を探ったのだろうか。本欄では、週刊ダイヤモンド、ドワンゴ両者に敬意を表しながら(つまり"提灯記事"の体裁を採りつつ)、おいしそうなところをつまみ食いさせていただく。何しろこのテーマは囲碁ファンにも興味津々。どなた様もよろしくお願いいたします。

まず知りたいのは、「なぜ将棋に着目したのか」――。川上さんによると、「ニコニコ生放送」の狙いは「ネットでお茶の間を復活するサービス」。将棋は対局時間が長いから、視聴者は暇な時間に「コメントを書き込める」というニコニコ動画の最大の特徴を自在に使って対局に参加できる。だから今では、アニメ、政治と並ぶ「三大コンテンツ」なのだそうだ。羽生さんはこれを、「縁台将棋みたいに周囲が口出しできる魅力ですね」と返している。

次は電王戦の行方。3月23日から4月20日の間、5人の棋士が5種のコンピュータソフトと対戦するが、これまで2人の四段棋士が「習甦」「ponanza」と対局して1勝1敗。残る3局は船江五段vs「ツツナカ」、塚田九段vs「Puella α」、三浦八段vs「GPS将棋」。川上さんが試みた世論調査では「人間が勝つとの声が多い」。しかし羽生さんは「やってみなければわからない」と慎重。でも「1996年の将棋年鑑によると、羽生さんは"2015年にコンピュータがプロ棋士に勝つ"と予想されていますね」と編集者から突っ込まれると、「それをあまり取り上げられると…実は、そこまで真剣に考えて回答したわけではないのです」と早逃げだ。それでもこの予測はかなり現実味を帯びてきたように見える。

羽生さんは「人間とコンピュータは真逆の方向に進化している」と分析する。人間はルールから始まり、作戦や定跡を覚えて実践を重ねて強くなる。すると「この手は考えるまでもない」として選択肢を絞ることができるようになる。これこそが実力がついてきた表れだ。

一方コンピュータは対戦成績をデータベース化して対局の形勢判断の基準をたくさん取り入れて強くなる。つまり人間はデータを「捨てる」のに対して、コンピュータは「拾う」ことで強くなる。互いに反対方向に向かってトンネルを掘っているわけだ。

川上さんは「人間の能力には限界があるから、言わば勝利の方程式のような独自の"算法"を磨き込むしかない。コンピュータで言えば"アルゴリズム"を洗練させること」。コンピュータは当初、こうした人間の思考法を追ってきたが、05年に「ボナンザ」が登場、プロ棋士の指す手をデータベース化して特定のモデルから情報処理する仕組みを採用して強くなった。将棋は10の220乗通りの手数があると言われ、例えば「GPS将棋」はパソコンを約600台繋げて処理能力を高めれば29手先ぐらいまですべての手を考えることができる。「羽生さんは30~40手先まで読めるそうだが、やはり漏れが出てくるのではないか」と三冠を挑発。

羽生さんはこう答える。「実戦で20~30手先を読んだところでその通りになることはまずない。毎回予想が外れている。将棋のプロ言えども10手先を読み当てるのは容易ではない。数が多過ぎてわからない場合、人間の経験則とコンピュータから導かれる解のどちらが正しいか、判断は容易ではない。人間の常識の枠組みを超えて、人間が思いつかないような手を指せるのがコンピュータで、人間の盲点や死角はコンピュータが補ってくれるのではないでしょうか」。

そこで川上さんは深刻な問題を提起した。「プロ棋士がコンピュータに勝てなくなると将棋界が衰退しないかと心配する声がある」と。しかし羽生さんは心配していない。「チェスは97年に世界トップの棋士がコンピュータに負けて世界的なニュースになったけれど衰退したという話は聞きません」。だから将棋も同様で、逆にコンピュータと対戦する電王戦の登場は将棋の世界に新たな価値を生んだ。「人と人とが対戦する何百年も続く伝統の味もあるが、今回それとは別の新メニューを提供することができた」と見る。

IT界の旗手、川上さんは「人間は地球上で最も賢いというプライドがある。将棋やチェスは人間の知性を懸けたゲームだから、ここで機械に負けるとすればショックは計り知れない」として、こんな風に議論を展開していく。既に金融市場の取引や検索システムの最適化(SEO)などの分野ではコンピュータが上回る現象が起きているし、グーグルの検索に自社サイトがヒットするようにロボット相手に対策を凝らしたりしている。「こうした中で人間は100年かけてコンピュータに負ける現実を受け入れていくことになるでしょう」。

さて、羽生三冠はコンピュータと戦いたいと思っているだろうか。「どういうものか知りたい」というのが羽生さんの回答。人間相手の対局なら「何を考えてこの手を選んだのか」と何度か経験していくうちに相手のタイプが見えてくる。「そうした"棋風"というものがコンピュータにもあるのだろうかということに関心がある」と言う。羽生さんの著書には「自分は棋風がない」と書かれていたようだが
、本人は棋風に結構こだわりがあるのかもしれない。

コンピュータに負ける日が近いとして、では人間はどこに可能性を見出せばいいのか。羽生さんは先ごろ亡くなった米長前将棋連盟理事長や大山康晴15世名人を例に挙げて、「敢えて悪手を指して混沌とした局面に引きずり込み、人間のペースで戦うこと」と即答。それを川上さんは経営者の立場から、「ライバルがいない、あるいは想定外とする土俵で戦うこと」と言い添えた。

ご存知の通り、コンピュータとの対局は囲碁界でも進行している。しかし囲碁は将棋のさらに上を行く10の360乗もの候補手がある。だから人間のほうがまだまだ実力が上で、コンピュータは「アマ五段以上」(電気通信大学・伊藤毅志氏)と言われ、将棋よりも余裕がある状況。3月20日には電気通信大学の「エンターテイメントと認知科学研究ステーション」が主催し日本棋院が後援する「電聖戦」が5年間の「公式定期戦」としてスタート。プロ側の代表選手は「コンピュータ」の異名を持つ24世名誉本因坊・石田芳夫九段。挑戦者はフランスの「Crazy Stone」と、先ごろ五子、四子局で武宮元名人本因坊に連勝した日本の「ZEN」の四子局。石田-「ZEN」戦は黒優勢裏に終盤を迎えたが、黒の不用意な一着を境に逆転。「Crazy Stone」戦は「石田九段を手玉に取った」(朝日新聞4月2日付夕刊)らしい。棋士に中でも最も冷静なタイプと見られる石田九段を何度も「ムカッとさせ」(同)3目差で逃げ切った。

石田九段はコンピュータの実力を「アマ六段」と評価し、「後10年でトップ棋士のレベルかと問われれば、まだちょっと」と答える。3日前にトップアマの一人、元アマ名人・多賀文吾さんとの勝負(互い先)で「Crazy Stone」は碁を決める重大な攻め合いの局面で初歩的なミスを犯し、楽敗していたからかもしれない。シチョウのような一本道の読み(しかしコンピュータは他の悪手もすべて考えるため間違える可能性が高いという)も苦手らしい。

それでも聞きようによっては、石田九段の評価はやや悔し紛れにも取れないことはない。私が梵天丸さんあたりと打って散々な目に遭った後、努めて平静を装って二言三言計5分ほど観想を述べると、梵天丸さんときたら295秒もの平静な述懐部分はあっさりとスルーし、わずか5秒ほどの悔し紛れな部分をしっかり受け止めて快感をその都度増幅するらしい。ったく私は幸薄き人生を送っていることよのう。

亜Q

(2013.4.3)


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