中国の碁のルールの変遷 追記

王銘琬(おう・めいえん)さんが、メイエン事件簿の「地とはなんだろう」(第50話・第51話)で、地をコンピューターに理解させるには、などという、地に関する興味深い話を展開している。
 内容は読んでいただくとして、わたしが特に注目したのは戦前の中国ルールだ。
(注:10月12日現在でこのHPは見えなくなってしまっていた。復活するか)
 2011年5月に中国の碁のルールの変遷を書いたが、そう書いてあるコンテンツがあったという報告で、内容の検証はしていない。その中に次のような文を、多少の疑問を感じながら書いた。

この中で、180.5を基準とするのは、清末と思って今まで書いていたのだが、三の明代にはもうあったという。石+地を数えるようになったのは、近年と思っていたが清末だという。
 戦後の棋士の文に、中国ルールに言及していて、「切り賃」が出てきた。それで切り賃がなくなったのは近年だと思っていたのだった。おそらく清末に完全に切り替わったのではなく、実際には戦後まで、切り賃のあるルールも混在していたのではないか。

 王銘琬さんも、今のルールは戦後に決められたルールと思う、という。
 しかも、台湾でのルールは「数子法」でも、最後に黒が打つと黒から一目引き、結果は日本ルールと同じになったという。
 この経緯は書いてないが、もしかしたら、日本ルールに合わせるためのご当地ルールかも知れない。

 同じような話を大陸中国でも聞きたいが、わたしの能力を超える。疑問は「切り賃のあるルール」は戦後まで主流であったのではないか。現在のルールの源は清末に遡るとしても、一般化したのは戦後ではないか、つまり「戦後に変わった」と言っても間違いではないのではないか、と思うことだ。
 こういう話、「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥」、先達の教示を賜りたい。

謫仙(たくせん)

(2013.10.18)


もどる