もの思う秋

「ん?これはどこかで見た図ではないか――」。
チラッと相手の表情を盗み見した私は何食わぬ顔で尋ねる。
「最近の『週刊碁』はなかなか読みでがあるんじゃない?」。
「いや、キオスクで売っていなくて」。考慮中の相手は上の空。
「しめたっ!」。周到な私はにんまり顔を腹の深くに呑み込む。

局面は、星の黒石への白両ガカリからよく見かける応酬。
黒上ツケ、白ハネ出シ、黒上ノビ。さて、ここが最初の分岐点。
置き碁定石イロハのツケ伸びから加藤(正夫)流への展開、
簡明に三々入りして実利を得るなどいくつかの選択肢がある。

しかし、盤外会話で相手の不勉強を確信した私に迷いはない。
星の黒への下ツケ。定石盲従派の相手の応手は決まっている。
黒割リ込ミ、白アテ、黒ツギ、白カケツギ、黒押シ――。
ほんの数週間前まで、猫も杓子もこう打つ花形定石だった。

ところが何と、相手は平然と三々の隅から押さえてきた。
ヨタロー名人が小林碁聖相手に定説を吹き飛ばした新趣向。
その後の着手も乱れない。白棒ツギに黒はじっと隅を堅ツギ。
あらかじめ星脇に2間高挟みしていた黒石が白の展開を阻む。
仕方がない。3本並んでハネ出したままの白は断点を補う。
打ち難いぶつかりと黒下がりとを交換して1間に飛び上がる。

すると黒は、碁聖を悩ました新手を繰り出してきたではないか。
もう片方にカカッた白の斜め側頭部を叩く鋭いぶっかけ――。
相手はちゃんと『週刊碁』を読んでいて、とぼけていたのだ。
百戦錬磨のこの私を騙すとは何たる不埒、この卑怯者!

嗚呼、この後の白の対応は『週刊碁』に詳述されていない。
ツケ伸びした黒の断点がある以上、軽く見捨てるわけにはいかぬ。
こういう重い打ち方は決して、断じて私の好みではないのだが……。
私は苦吟を重ね、カケられた白石をやおら動き出す――。
碁の結果など糞食らえ!秋は私にとって物思いの季節である。

K

(2002.9.22)


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