魅せてくれた年齢差70歳対局

11月27日、十段戦予選Aで見逃せない対局が実現した。碁界の仙人、杉内雅男九段vs女流碁界の爆弾娘(私が子供の頃、活発でチャーミングな若い女性をこんな風に表現していた。例えばコニー・フランシスとかアン・マーグレットとか)、シェ・イーミン。片や大正9年、片や平成元年生まれ、年齢差にして70歳!仙人はサカタ、シューコー、タカガワといった昭和の大棋士たちとしのぎを削りあった歴戦の勇者。何年か前に棋士会長を務められた寿子八段(昭和2年生まれ)の夫君でもある。爆弾娘は入段以来女流囲碁界のトップを疾走、現在女流本因坊・名人タイトルを握る。我がご贔屓の向井三姉妹の末娘、チアキ嬢と同様にコロコロと愛くるしい女の子と思っていたが、最近大胆な衣装でフラメンコを披露するなど、結構色っぽくなられたらしい。

杉内雅男九段vs謝依旻女流本因坊(先番)70手目-231手目、160(153)、189(167)

対局は私が願ったとおり、仙人の白番(逆の黒番ではどうもイメージに合わない)。黒番の爆弾娘の攻勢をいかにいなしてオトナの芸を見せるか、この一点に私の興味は集中した。序盤戦で黒は左上と右上に確定地をつくり、白は左上に構築した鉄板の厚みを背景に中原に向けて勢力を蓄える。上辺で切り結んだ黒石と白石が互いに中央を目指す中で、名人戦第6局で井山挑戦者がウックンをギャフンと言わしめたワザを想起させる白70(7−四)が黒のノゾキを空振りさせた好着だったらしい。白は上辺を収まり、左辺の一団はいち早く白90(4−十一)と飛び出して目のない黒の大石をにらむ。ザル碁アマの目から見ても好調な展開。黒はなおも左辺を絡んでくるが、白98(5−十二)が老練の技。102(3−十一)まで左辺も大きな地を持って完全に収まる。

地合いで足りない黒はどこかの白を攻めて獲るぐらいでないと追いつかないとザル碁には見えた。103(9−十一)以降、右方の白の一団に脅しをかけるが、白158(16−十)まで楽々の活き。次のターゲットは下辺の白だが、これも白162(15−十七)から176(12−十六)まで汗をかいた様子もみせずにシノギ切る。黒は左下の白地に殴り込みを敢行するが、ザル碁の私には「最後のお願い」にしか見えない。もちろん仙人に抜かりのあろうはずはなく、184(2−十九)まで大地が完成。この過程で数目の白をかじられはしたが、どう転がっても黒にコミは出ない。ザル碁の私はこう読み切って、祝杯の準備。

ところが、嗚呼、いかなる天魔に魅入られたまひしか、右辺黒209(18−七)にひょいと210(18−八)に受けたのが敗着になったのかもしれない。一路控えて18−九としておけば何事も起こらなかったのではないか。その後数手を経て、黒231(9−十八)のハサミツケで活きていたはずの白大石が頓死。白無念の投了となった。

実はザル碁の私も勘違いしてハサミツケられても活きていると思っていた。しかしこの場面は詰め碁に出題されれば級位者でもわかりそうなところ。さすがの仙人も人の子、200手を超えて放心の一着が飛び出したのか、それとも爆弾娘の必死の表情が仙人を雲から落としたのだろうか、久米仙人みたいに。と言っても、仙人への敬意の念はがいささかなりとも減じるわけではないが。

以上は、ザル碁の私が的外れを覚悟の上で勝手に書きなぐった戦評。日本棋院のネットサイト「幽玄の間」ではプロ棋士の解説があるはずだったが、私は(会員だけれど)見ることができなかった。その分、書きやすかったことも事実だが、思い入れをした方についつい肩入れしてしまう弊害もあったかもしれない。もしも上記の感想がまるでアサッテだったら、た〜んと嘲笑うがいいわ(「さそり座の女」風に)。

ところでもう一つ、ぜひとも書き記したいのは、白の大石を葬り去る最後の黒231の前に黒は数か所コウ材を打った事実。もはや勝敗には関係ないはずの着手に対して白はノータイムで受けられるはずだったがここで白はしばらく時間を使った。あるいは頓死に気付いて心の整理をしていたのかもしれないし、一方の黒は白にとどめを刺すのをかすかにためらったのかもしれない。もしこの仮想が事実なら、爆弾娘は勝負師にあるまじき行動を叱られるかもしれない。しかし私はこうした心の葛藤が態度に出ることをとがめる気にはなれない。仙人への敬意と思いやりが自然にそうさせたとしたなら、爆弾娘をもっと好きになる。

亜Q

(2008.11.30)


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